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ミクトラン帝国 5 帝都案内

 ◇ ◇ ◇



 翌日。

 開花祭は国を挙げてのお祭りという事で、王都中で催事があるという事なのだけれど、僕達は実際にエルマーナ皇女やシャイナが立つことになる野外ステージを下見に出かけた。

 昨日襲撃されたばかりで、ブランさんは僕たちの外出に否定的な態度をとられていたけれど、昨日とは違い、少なくとも僕は――それにおそらくはシャイナも――モンドゥム陛下の意図を理解している。それに、本番の前にステージの状態、状況を確認する必要があるというのは当然の事であり、その重要性に関してはブランさんも理解していらっしゃることだろう。


「私も思うところがないわけではありませんが、陛下のお考えはよく理解しております。それに、今回の下見は昨日とは違い、人目も、人通りも多い王都の中心であり、現在、帝国で最も注目されているといっても過言ではない地帯です。白昼堂々、これほど人目のある所で事を荒立てる可能性は低いと思われますので」


 エルマーナ皇女が直々に案内してくれるということに、ブランさんは、昨日の今日ということもあり、モンドゥム国王陛下が何とおっしゃられようとも、やはり心配なさる気持ちは大きいらしい。


「お父様の心配は分かりますが、せっかくいらしていただいたお客様にも、ミクトランの良いところを是非とも見て、知っていただきたいですから」


 僕とシェリス、シャイナとクリストフ王子、それからエルマーナ皇女とブランさんは、少し大きめの馬車にかたこと揺られながら、石畳の道を行き、名所を巡った。

 春の可憐な花々が咲き誇る庭園を訪れ、その彩を楽しんだ。

 ゼノリマージュ山脈を水源としているらしいヴェール川では、ボートに揺られて河川敷の並木に咲き誇る花を見ながら、お城から持たせていただいたお弁当を広げた。

 

「私が開花祭で歌わせていただくのは今年が初めてで。今まではお母様がその役割を担っていらしたのですけれど、将来的にはどうせ世代が受け継がれるのだから、早い方が良いと」


 ミクトラン帝国が建国されて、開花祭が開かれるようになって以来、舞台で皇族の子女、あるいは王妃様がその歌声を披露するのが習わしという事だ。


「おふた国から見れば、まだ全く歴史も浅く、毎年冬のアルデンシアの芸術祭でシャイナ様が演奏なさっていらっしゃるような、重みや、伝統があるわけではありませんが、国民の、それにほかの国からいらしてくださる方にも楽しんでいただけるように心がけてゆくつもりです。あっ、あちらのカフェでいただくことのできるクッキーは動物の形をしていて、とても可愛らしいんですよ。もちろんお味も、そのままでも十分においしいのですけれど、ミルクに浸すとさらにおいしくなるんです」


 楽しそうに街の名所を案内してくださるエルマーナ皇女のお顔は、襲撃の件など微塵にも感じられないほどにとてもきらきらとしていて、本当に自分の住んでいるところが、ミクトラン帝国が大好きなのだなあと思わさせられた。


「到着しました。こちらが今回の舞台です」


 町の中心にほど近い広場は、広く、すり鉢状に広がっていて、エルヴィラでいえば、学院近くの闘技場に近い形状をしていた。


「本当に屋外で演奏するのですね」


 シャイナがわずかに驚いているように、舞台の真ん中に立って客席を見回していた。

 僕は魔法の試演のために呼ばれたので、もしかしたら屋外でやるのではないかとも思ってはいたけれど、まさかすべてをこの会場でやるとは考えていなかった。


「なるべく多くの人に歌を届けたいと思われたそうで、私もとても素敵だと思っています」


 エルマーナ皇女は舞台の真ん中に立つと、胸の前で手を組んで、目を瞑られた。

 

「よろしければ、是非聴いていただけませんでしょうか」


 願ってもないことだったので、僕達はそろって舞台を離れると、客席に並んで腰を下ろした。

 その歌声は、澄んだ青空の下、とてもよく響いてきた。

 どこまでも優しく穏やかで、柔らかな歌声だった。


「なんだなんだ、誰が歌って……エルマーナ皇女殿下!」


 歌声につられたのか、依頼の途中である冒険者のような恰好をした方たちや、買い物に出かけてこられたらしいお母さんと手をつないだ娘さん、休憩時間なのか鍬を担いだままいらした農家の方、さらにギルドのものと思われる制服を着たお姉さん方も、気がつけば周りにはたくさんの方がいらしていた。

 これだけいれば、中には例の襲撃者の仲間、あるいは母体となる勢力の人間もいるかもしれない。

 しかし、これだけの目がある中、不審な行動をすれば否が応でも目立つ。おそらく、そんなに愚かな真似をしでかすことはないだろう。

 観客に集まった方は、皆、聞き入っているように静かだった。

 シャイナとシェリスも、静かに聞き入っている様子だった。

 そして、エルマーナ皇女が歌い終えると、誰からともなく盛大な拍手が沸き上がった。

 そんな、誰もが、熱狂というほどでもないけれど、盛り上がっている中、感慨にふけるでもなく、どことなく苛ついているような態度でくるりと身を翻すような態度をとる人間がいれば、いやでも目に付く。もちろん、先日の件から警戒していた僕達だからこそ気がついたのであって、他の人たちはまるで気にしている様子もなかったけれど。


「兄様。行って来ても良いのよ。いえ、むしろ行くべきだと思うわ」


「でも――」


「ユーグリッド様。ここは我らにお任せください」


 この状況でシェリスたちの側を離れるわけにもいかないと思っていると、音もなく現れた黒装束に身を包んだ方たちが膝をついていた。

 モンドゥム陛下がおっしゃっていた、エルマーナ皇女を傷つけさせるつもりはないというのはこういう事なのか。あの時はおそらく、ブランさんがいらしたのと、僕が予定外に乱入してしまったため、出ていらっしゃらなかったのかもしれない。あの状況になるまで待たれていたのは、確証が欲しかったからか。


「分かりました」


 その道の事はプロにお任せする方が良い。

 シェリスたちにも余計な心配をかけずに済む。

 しかし、僕達が少し目立っていたことは事実のようで、集まられた皆さんの目が一斉に向けられている。何かあったのではと勘繰るような声も聞こえてくる。


「ユーグリッド様。ここは私に」


 どうやってごまかそうかと考えていると、おもむろにシャイナが立ち上がった。

 その手には、愛用のヴァイオリンが握られている。

 シャイナはそのまま静かに、舞台の真ん中にいるエルマーナ皇女のところまで歩み出ていった。


「大変有意義な時間でした。お返しにというわけではございませんが、私も会場の雰囲気を確かめておきたいのですが、よろしでしょうか」


 エルマーナ皇女が場所を譲り、シャイナが静かにヴァイオリンを構える。

 そこから紡がれた調べは、今までの神妙な雰囲気を、良い意味で破壊した。

 

「私も何かやろうかしら」


 隣でシェリスがそうつぶやいていた。

 

 

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