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ミクトラン帝国 4 夕食 2

「おそらく、最終的な目的は似たような事なのだろう。相手方がどこまで考えているのか、正確なことはは分からないが」


 モンドゥム陛下がおっしゃるように、現体制の乗っ取りともなると、国家の制度を根幹から変えるつもりだということになる。

 しかし、尋ねてみたところ、現在の体制に不満を持った方の嘆願書が上げられてきていたり、帝城の調査員によるそれとない聞き取りにおいても、そのような問題が浮上してくることはなかったらしい。

 要するに、僕とシャイナが襲われそうになったときと似たような理由だという事だろう。

 あの時は、いきなり夜中に城に潜入して襲撃してくるという、かなりぶっ飛んだ方法をとられたものだけれど、ミクトラン帝国では今のところはそこまでの事態は起こっていないらしい。


「もちろん、エルマーナに傷1つつけさせるつもりはない。エルマーナは私たちの可愛い、大切な娘で、何かあれば、王妃が、そして私も、悲しむ。そんな涙を1粒たりとも流させるわけにはいかない」


 モンドゥム皇帝陛下は力のある、けれど静かな声でそのように言い切られた。

 絶対的な意志と、圧倒的な自信に溢れたその言葉は、万が一の場合を考慮していただろう僕たちの言葉を紡がせたりはしなかった。

 確信しているどころの意思の強さではない。

 この人が皇帝なのだと、それを思い知らされる。

 

「では、今回の襲撃に関しては予定通りだったという事でしょうか。エルマーナ皇女の成長を見込んでの事だったと?」


 シャイナの言葉をモンドゥム皇帝陛下は否定しなかった。つまり、分かっていたという事だ。

 にもかかわらず、事態が起こる前に対処しなかったということは、今回の襲撃は起こさせるつもりだったということになる。


「お兄様? 何の話ですか?」


 シェリスの質問に答えるだけの余裕はなかった。

 僕はモンドゥム皇帝陛下の考えに衝撃を受けていたからだ。

 最初はふざけるなと、自分の子供を何だと思っているのだと、立ち上がって糾弾してしまいそうな思いにとらわれていた。ともすれば命を落としかねない事態だったのだ。そして、そういう考え方であるならば、今後も同じような事態には陥るという事だ。

 女性を、大切な人を危険な目に合わせるなんて、断じて許容できる話ではない。僕はそう思っていた。

 しかし、すぐに考え直すことになった。

 たしかに、子供が大切であるならば、甘やかすことなく辛く苦しいことを体験させるべきだという言葉がエルヴィラにはある。言い回しは違ったけれど、たしかアルデンシアやミクトランにも似たような意味合いの言葉が伝わっていたはずだ。

 温室で育てているだけでは、強い花は育たない。

 雑草のように強く生き抜く力をつけるためには、嵐にもまれ、雪に吹かれ、さらには道行く人に踏み鳴らされる必要があるという事だ。

 モンドゥム皇帝陛下の言葉は僕の心によく響いた。はっきり言えば、衝撃を与えた。

 様々な経験を積ませる必要があるということは、よくわかっている。

 では、あの襲撃の際も、魔物が侵攻してきていた際にも、僕はシャイナやシェリスが成長するための機会を奪ってしまっていたという事だろうか。

 あまりにも限定的すぎる環境のことではあるけれど、それだけに貴重な時間、得難い体験の場でもあったはずだ。

 それは僕がまだモンドゥム皇帝陛下のように子を持つ親ではないからわからないことなのだろうか。

 モンドゥム皇帝陛下の顔を見上げると、僕に向かって、丁度子供を見守る親のような、甘く見える笑みを浮かべていらした。

 直接声に出してはいらっしゃらなかったけれど、その瞳が雄弁に物語っていた。

 僕はまだ、その域には遠く及ばない。

 僕にはまだそこまでの強さはない。


「お兄様。どうかなさいましたか?」


 シェリスの言葉でハッと我に返った。

 周りを見てみると、シェリスのものだけではなく、シャイナやクリストフ王子、それにエルマーナ皇女とフェアリーチェ王妃の心配そうな視線が向けられていた。


「ごめん、シェリス。何でもないんだ。すみません、考え込んでしまっていたみたいで」


「そうか。いや、気になさる必要はない。これからも存分に考えてほしい」


 モンドゥム皇帝陛下が優し気な声でそうおっしゃられると、フェアリーチェ王妃も同じような笑顔を浮かべられたけれど、そこに込められている思いは少し異なるものであるように感じられていた。


「ありがとうございました、モンドゥム様。一層励みます」


 僕が頭を下げると、僕とモンドゥム皇帝陛下の間を行ったり来たりする視線を感じられた。

 唯一、シャイナの視線だけは、モンドゥム皇帝陛下に固定されていた。


「私との会話が貴殿にとって少しでも何か得るものを与えられたのなら、それはとても嬉しいことのように思う」


 しかしくれぐれも、フェアリーチェ様やエルマーナ皇女には喋るのではないというメッセージを込めた視線を向けられる。

 たしかに、喋ってしまったら意味が薄れるというのは分かる。

 加えて、フェアリーチェ様へのご心労を心配なさっているのだろう。

 僕はまっすぐに受け止めて、はっきりと頷いた。


「では、今回の事に関して、今のところはそれだけだろうか。ならば、湯浴みの準備もできているということだし、この辺りで食事はお開きにしたいのだが」


 モンドゥム皇帝陛下がそうおっしゃられて、夕食はお開きとなり、部屋を出ると、シェリスがシャイナとエルマーナ皇女を湯浴みに誘っていた。

 


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