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ミクトラン帝国 2 好きだって言わせたい

 シェリスに言われたからというわけではなかったけれど、誤解を解く解かないは別にしても、単純にシャイナとあって話がしたいとは思っている。

 案内を申し出てくれたメイドさんをお断りするのは心苦しかったけれど、1人で、というよりもシャイナと2人きりで会いたい気分だった。

 幸い、探索や探知の魔法を使わなくても、シャイナの居場所を特定するのは簡単なことだった。だてにシャイナのところへ毎月通っているわけではない。ファラリッサ様によれば、僕の事を待っていてくれているらしいシャイナのヴァイオリンの音色はしっかりと耳に残っている。

 最初に会った時――正確には聴いた時――から、すでに大分上手だとは思っていたけれど、年月を経るたび、催事やアルデンシアのお城のでの練習を聴くたびに、ますます豊かになっているその音色に、僕はずっと捕まったままだ。

 お城の外から、あるいは中でさえも、お祭りの準備なのか、それとも待ちきれずにいるのか、決して大きくはないけれど、太鼓や笛、ラッパの音が聞こえてきている。

 そんな中で、聞こえてくる音に耳を澄ませながら、シャイナのヴァイオリンの音を探す。

 シャイナほどではないけれど、僕やシェリスもお城ではヴァイオリンやピアノの手ほどきも受けてはいる。城の中と外、楽器の音色の違いくらいは判別できる。

 流れてくるのは、悲しげに澄んだ、艶やかな音。


「シャ――」


 果たしてシャイナはまだ庭に出ていた。

 裏庭にある噴水の側で、銀で作った細い糸のような髪をさらさらと揺らしていて、春の風にあおられて、カーテンのように綺麗に広がる。

 なんだか声をかけてはいけないような、神聖な空気に圧倒されて、僕はその場で立ち尽くしていた。

 埃が目に入ったのか、シャイナがヴァイオリンの演奏を止めて、髪と瞳を抑える。

 顔が上げられたところで、丁度僕と目が合った。

 ここでも避けられたり、逃げられたりしたら、もう少し時間を置いた方が良いだろうかと考えていたのだけれど、シャイナは動いたりせず、静かに腕を下ろして座ったままだった。

 僕はゆっくりと歩いて、シャイナの隣に腰を下ろした。


「シャイナが来ているとは思わなかったから、会えて嬉しいよ」


 全く期待していなかったかと聞かれれば、そういうわけではないのだけれど、やはり実際にこうして顔を見ることが出来て、うれしく思っているのは本当だ。


「……私がいなければ、エルマーナ皇女ともっと仲良く出来て、よろしかったのではありませんか」


 シャイナは少しの間黙って僕を迷っているような視線で見つめていたけれど、小さく息を吐きだした後、視線を切って、さめた声でつぶやいた。


「仲良くって……たまたまエルマーナ皇女が襲われていたところに出くわしただけで、仲良く沐浴したとか、そういう雰囲気は全くなかったから」


 エルマーナ皇女が沐浴している時間を見計らっていたわけではもちろんないし、襲われているところに通りかかるなんて――正確には通りかかったわけではないけれど――全く想像すらしていなかった。


「本当だよ」


「……ユーグリッド様が嘘をついていらっしゃるとは思っておりません。私としても、ユーグリッド様がそのように女性に対して基本的に紳士的でいらっしゃるのは存じ上げておりますから」


 意図しての事だろう。基本的に、のところが強調されていたのは。

 

「シャイナはときたまそうやって昔の事を思い出すよね」


 それに、あの時のことは誤解だったと納得してくれていたと思っていたのだけれど。


「ときたまではありませんよ。あの事もユーグリッド様との思い出の1つではありますから、忘れたことは……」


 シャイナは言葉を飲み込んで、僕の方へとじっと視線を向けてきた。


「何故、そんなに嬉しそうなお顔をなさっているのですか?」


 そんなのもちろん決まっている。


「シャイナが僕との思い出を忘れずにいてくれているからだよ」


 シャイナは、自分が怒っていたり、僕が嫌われたかもしれなかったときの事だから、あまり思い出したくはないのではと思っているのかもしれないけれど、僕にとっては大事な思い出だ。

 なんとも思われないよりは、それがたとえ嫌われているものだったとしても、僕の事を思っていてくれている方がよっぽどいい。

 しかし、シャイナにはどうやら伝わらなかったらしく、少し距離を置かれたみたいだ。物理的に。


「……シャイナにとってはあんまり嬉しくない記憶かもしれないけれど……もしかして、そんなことをまだ覚えているなんて、嫌な奴だと思った?」


「……いえ、そんなことでは」


 僕が次の言葉を探していると、シャイナがポツリとつぶやいた。


「……私はそんなにユーグリッド様に対して怒ってばかりいるイメージなのですか?」


 いや、えっと、怒ってばかりだとは思っていないけれど。

 まあ、ある種、愛想は足りないなあ、と悲しくなったりはするけれどね。


「それは、可愛げがないという事ですか?」


「え? いや、僕はシャイナの事世界一可愛いと思っているけれど……」


 もう少し心を許してくれてもいいんじゃないかと思っていたことは事実なので、曖昧な返事になってしまう。


「あんまりしつこいから嫌われてしまったんじゃないかと……」


 つかされる愛想はもともとそんなになかったし。


「先ほどから、ユーグリッド様は妙に弱気ですね。いつもは無駄に自信たっぷりに私を口説きにいらっしゃるのに」


 無駄にって……なかなかに辛辣だな。


「今更、そんなに簡単にユーグリッド様の事を嫌いになったりはしませんよ」


 シャイナがまっすぐ僕の方を見て、僕と視線がぶつかる。


「私はちゃんとユーグリッド様の事……」


 何か決意した表情をしていたシャイナは、気がついたようにハッとした顔になって、じっと僕を見つめてきた。

 あーあ。どうやら気付かれてしまったらしい。


「もう、知りません。失礼いたします」


 流石にここから追いかけるような追い打ちはしたくなかったし、僕はとりあえず十分に満足したので、噴水に腰かけたまま、シャイナの後姿を見つめていた。

 とても幸せな気持ちで。


 

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