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ミクトラン帝国 面会と対策

 なんでシャイナが拗ねているのか、理由は全く分からなかったけれど、何となく追いかけた方が良い気がしていた。しかし、このままシェリスとエルマーナ皇女をエスコートせずにいても良いものだろうか。それに、皇帝陛下には一刻も早く確認をしたいことがある。


「お兄様。何をなさっているのですか?」


『早くシャイナのこと追いかけなさいよ』


 しかしシェリスが呆れているような念話で追い立ててくる。

 エルマーナ皇女はすでにブランさんにエスコートされて城内へ向かわれている。

 もちろんシャイナのことは気になるけれど、僕も一国の王子として、他国を訪れた際の礼儀というか、その国の最高位者、このミクトラン帝国であれば、皇帝陛下への挨拶は、最初に済ませなければならないことだ。


『そっちの方は私が上手くやっておくから。たまには私に頼ってくれてもいいのよ』


 たまにはどころか、シェリスには随分と世話になっていると思っているのだけれど。


『いや、シェリスがどうこうの問題じゃなくて、こういうのは僕がやるという形式が重要なものだから』


 それにシャイナも、僕としては非常に残念なことではあるけれど、あのくらいで嫉妬というか、やきもちを焼いてくれるほど、僕に好意を向けてくれているわけではないと思うんだよね。

 そもそも、僕がエルマーナ皇女を馬車からお連れするなんて、特別でもなく、ただ紳士として当然のことをしただけのことだし、それは別にエルマーナ皇女に限ったことではなく、女性であれば誰が相手でも同じようにするだろう。

 前にシェリスのドレスの寸法を直していた時とは大分状況も異なるのだし。


『まあ、私は良いんだけれどね。兄様がそれで良いなら』


 どことなく棘のあるような、引っ掛かりを覚える言い回しだったけれど、シェリスはそれ以上自分から何かを言うつもりはないらしく、静かに踵を返してエルマーナ皇女の後ろについて歩いていた。

 僕は少し速足でシェリスの隣に追いつく。


『僕はシャイナを信じているから』


『その程度にしか意識されていないって?』


 うっ。ま、まあ、その通りなんだけれど、改めて他人の口から聞かされると心に刺さるなあ。


『でも、あれは意識していないというよりもむしろ――いえ、何でもないわ。それなら行きましょう』


 シェリスは完全には納得していないような感じだったけれど、とりあえずこの場では僕を問い詰めるつもりはないらしい。

 まあ、シャイナもこの城に滞在するつもりなら、シェリスとは女性同士、いくらでも顔を合わせる機会はあるだろうからね。

 それに僕もまだ、この滞在中にシャイナと2人きりになれる機会が全く失われたわけではないと思っている。

 例えば早朝。シャイナはいつもヴァイオリンのお稽古をしているし、例えば食後に声をかけることも出来るだろう。


「……そういうところがまだ女心が分かっていないところなのよね」


「シェリス、どうかしたの?」


 シェリスは何でもない風にほほ笑んだだけで、答えてくれることはなかった。



 ◇ ◇ ◇



「この度はお招きいただき、感謝いたしております」


 僕とシェリスは玉座の前で膝をついていた。

 

「こちらこそ礼をせねばならない。エルマーナの命を救ってくれたこと、貴殿にはいくら感謝しても足りぬ。心から礼を言おう」


 煌びやかな紫の長衣を纏われた、エルマーナ皇女よりも赤みの濃い、燃えるような真っ赤な髪に金の瞳をしたモンドゥムミクトラン帝国皇帝陛下は、玉座の上からですまないと、頭を下げられた。


「そのようなことはございません。私は、人として、当然のことをしたまでですので」


 それは僕が豊かに暮らさせて貰っているから言えることなのかもしれないけれど、他人を助けるのに初対面だったとか、身分がどうとか、難しい理由なんて必要ないと思っているし、そう教わってきた。

 実践できているのかと言われれば、そういった場面に巡り合うことはほとんどないのだけれど(そしてその方が良いのだろうけれど)少なくとも直接出くわした限りにおいては自身にできる最大限で事に当たりたいとは思っている。


「その件でいくつかモンドゥム皇帝陛下にお尋ねしたいことがあるのですが……」


 今、僕達が通されている玉座の間には、僕とシェリス、それにモンドゥム皇帝陛下とお妃様でいらっしゃるフェアリーチェ様、そしてエルマーナ皇女のほかに、おそらくはミクトラン帝国の重鎮でいらっしゃるのだろう方たちが顔を揃えられている。

 こういったような疑いをかけることは不本意なのだけれど、出来ればなるべく他人に聞かれないような場所で話をしたかった。まさか念話で話すような内容でもないし。


「そうか。私としてもぜひ聞いておきたいことではあるのだが、その話は後程ゆっくりと聞かせていただくという事で良いだろうか。長旅の疲れもあることだろうし、今はとりあえず身体を休めていただきたい」


 玉座の前を後にした僕たちは、ブランさんに案内されて、貴賓室へと通された。もちろん、シェリスとは違う、1人用の部屋だった。

 収納の魔法は、一度仕舞ってしまえば、取り出したり、追加で仕舞ったりするとき以外にはほとんど魔力を消費しない。どういう仕組みになっているのか、詳しいことは分からなかったけれど、重要なのはそういうことが出来て、その魔法を使えるという事なので、僕は今まで気にしたことはない。


「さて。行きますか」


 シャイナの、おそらくは誤解を解きにいかなくてはならない。皇帝陛下に最初に話をしようと思っていたけれど、モンドゥム様があのようにおっしゃったのには、きっと僕と同じことを考えられたからなのだろう。

 うん、多分大丈夫。話くらいは聞いてくれるはずだ。僕にやましい気持ちがあったわけではないし。

 多分、まだ庭のどこかで練習をしていることだろう。



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