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ミクトラン帝国へ

 ◇ ◇ ◇



 今回は、いつものようにアルデンシアへ行くのとは少し勝手が異なってくる。

 アルデンシアへはもう10年近く通っているけれど、他の国はそうではない。

 そう、もう10年も通っているのだ。しかし、シャイナとの関係は親しい異性の友人といえる程度。一体、僕はこの間何をしていたのだろうかと自分を問い詰めたくなる……本当、何してたんだろう。

 いや、でもあんまりしつこ過ぎると呆れられてしまうかもしれないし(すでにしつこいだろうという反論はあえて考えないようにしている)相手にもされなくなるのは悲しい。

 少なくとも会いに行けば顔を合わせてはくれるし、嫌われているということはないのだろうけれど。


「兄様。何難しい顔しているのよ」


 顔を上げると、正面に座るシェリスが僕の顔を覗き込みながら手をひらひらとさせていた。


「せっかくだから、外の景色を観ていないのは損するわよ」


 言われて馬車の外へと目を向けると、いつの間にやら馬車はゼノリマージュ山脈に差し掛かっていて、山道の脇は春の花が咲き誇る高原になっていた。

 穏やかな風に、ゆらゆらと草花が揺られている。

 

「そうだね。じゃあ、この辺りで今日はお昼にしようか」


 時計を確認しながら告げると、隣の護衛の騎士の方が頷いてくださったので、前の馬車へと念話を送る。距離が遠いと使えないけれど、馬車間程度ならば問題はない。

 馬車が止まり、外へ降りたところで、声が聞こえてきたような気がした。


「ちょっと待って。今、誰かの声が聞こえたような気がするけれど」


 全員が準備を止めて耳を澄ませる。


「我々には何も聞こえませんでしたが……」


「いや、たしかに女性の声が……あっちか」


 探索の魔法を使ってみると、僕たちのもの以外に、もう一つ、たしかに10数人程度の人が集まっているところがある。

 ここからそう遠くではない。

 

「あの林からか」


「誰かー」


 やはり幻聴ではない。今度ははっきりと聞こえてきた。

 シェリスにも、護衛の方や、付き添いのメイドさんたちにも聞こえたようで、真剣な顔を林の奥へとむけている。


「僕は様子を見に行くから、シェリスたちはここで待っていて」


 ほとんど同時に立ち上がろうとしていたシェリスのことは、一緒にいるメイドさんに任せることにする。

 シェリスもおそらくは自分が出ていったのでは、足手まといになるかもしれないと思ったらしく、大人しく頷いてくれた。ただし、僕の事を心配するような視線を向けてはきていたけれど。それでも引きとめたりはしないのは、僕がすでに決意していることを見て取ったのか。それとも、言っても無駄だとあきらめているのか。


「お待ちください、ユーグリッド様。御身をお1人で、それも先頭になど」


 代わりに、護衛の皆さんが立ちふさがり、口を揃えて僕を引き留め、すでに先に歩き始めてしまわれている。


「いえ。ここは僕が行かなくてはいけません。事態が一刻を争うだろうという事もひとつですが、それなりにこちらの事を信用していただかなくてはいけませんから」


 もちろん、僕が向かったところで信用されるかどうかは分からない。

 しかし、一応騎士団の皆さんも、エルヴィラの紋章の入った騎士服を着ているのだとはいえ、武装しているということには変わりがなく、偽装ではないかと疑われる可能性が全くないとは言い切れない。

 やはりこういったことには主たる僕が直接出向かなくては、おそらく今襲われているだろう方の信用を得るのは難しい。


「しかし、御身自ら危険に――」


 このままでは話が長引く。

 僕は自身が行くべきだと思っているし、彼らは僕を行かせまいとしている。

 こうしている間にも、おそらく事態は悪い方へと進んでいることだろう。


「時間がありません。では、僕が危険にさらされないように守ってください。皆さんが守ってくださっているのは、馬車ではなく、僕たちなのでしょう?」


 僕はそれだけを言い残して、彼らの間を抜けると、そのまま振り返らずに走り出した。

 空を飛んでも良いけれど、加速の魔法を使えば、この先の林のような障害物の多いところでは、それほど速さは変わらない。

 

「あそこか」


 林の中で少し開けているところで、1台の馬車が立ち往生していた。

 僕たちが使っている、エルヴィラのお城の馬車と同じく、白亜の車体に大きく紋章が刻まれている。

 

「あの紋章はミクトラン帝国のもののようだけれど……」


 扉に国章の描かれている馬車を使用する人物など限られている。

 例えばエルヴィラの街を回って見ても、おそらくは王宮のものしか発見することは出来ないだろう。アルデンシアでも、お城以外では見たことがない。

 一体何故、とは思うけれど、それは今は余計なことだ。まずは間に入らなければ。

 僕は1番手前にいる人――中心から見れば一番外側か――の肩を叩いた。おそらく報告すれば不用心だと怒られるから、その際には黙っていよう。


「あのすみません」


「あ? なんだ手前は。今から良いところなんだから邪魔すんじゃねえ」


 こちらは明らかに人が襲われているというのに、あくまで穏便に話しかけたというのに、いきなりナイフを振り上げられた。

 仕方がないので、ナイフを持っている手が振り下ろされ、僕に届く前に彼の手首を捕らえる。そしてそのまま、勢いを利用して後ろに投げた。おそらく、後を追いかけてきてくれている騎士団の皆さんに捕縛されることだろう。


「おい、何が――」


 音に気付いて振り向いた、おそらくは先ほどの彼の仲間だろうと思われる人たちは、皆手に武器を持っている。

 その奥、中心には、武器――おそらくは小刀――を構えた青みがかった短い髪のメイド服の女性と、その彼女に守られるように背中に隠れている薄ピンクの髪を背中の辺りまで伸ばした、銀のティアラを被っている紅い瞳の女の子が見えた。

 年のころはシャイナと同じころだろうと思われ、おそらくは間違いがない。


「ミクトラン帝国の、エルマーナ皇女殿下ですね?」


「あなたは、エルヴィラ王国の」


「おい」


 エルマーナ皇女殿下が口を開きかけたところで、後ろから声がかけられた。


「とりあえず、お話を聞かせていただきたいのですけれど、それはこちらの方のお相手が済んでからで構いませんか?」


 一応、もしかしたら、万が一、太陽が降ってくるくらいにはありえないことだとは思っているけれど、彼らが実はこういった事態を想定した演習の相手だという可能性もなくはない。


「殿下! お待ちください!」


 そこでようやく、騎士団の皆さんが追い付いてきた。


「エルマーナ姫。とりあえずこの場は私どもにお任せください」


 

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