ミクトラン帝国と開花祭
「ミクトラン帝国ですか」
年を明けて、春の第1月であるグロース。シェリスの誕生日のお祝いをお城で済ませた数日後、僕は父様に呼び出されていた。
「ああ。ミクトラン帝国では毎年春に、開花祭とも呼ばれている、盛大な祭りが開かれているという事なのだが、その中の1つに魔法の実演実技の舞台が用意されているらしくてな」
正直なところ、ミクトラン帝国に対してはあまり良い印象を持ってはいなかった。
書物や新聞などで読む分には何の問題も感じないのだけれど、いかんせん、僕の中であの時の事件の影響が大きい。
しかし、あの未遂事件を実行しようとしていたのはミクトラン帝国の方ではなくアルデンシアの身内による派閥抗争の一端のようなものだったわけだし、この国での勝手な争いによる勝手な偏見を持つわけにはいかない。
「今年は20年ごとの大祭という事で、是非とも我が国の大使を招きたいとこうして丁寧な親書をいただいてな」
父様がきれいな便箋を取り出して執務机の上に置く。
20年前というと、僕が生まれるよりも少し前の話だ。
そこに共感を覚えたというわけでもないけれど、要するに、授業の時にセキア先生が見せてくださるような手本のような事を、ミクトラン帝国で、おそらくは観客の方がたくさんいらっしゃる所で実演してくればよいという事なのだろう。
僕よりも、セキア先生や母様の方が魔法師としての実力は上だけれど、まさか父様が母様をお城から、というよりも自分の傍から離れさせるわけはないし、セキア先生には学院でのお仕事もある。シェリス1人に任せるわけにはいかないし、父様が自分で動くというわけにももちろんいかないだろう。
つまり、僕が適任という事だ。
「分かりました。ミクトラン帝国へは訪れたことがありませんし、僕も楽しみです」
本当は、もっとたくさんの国を回って、見識を広めるのが良いのだということは分かってはいるのだけれど、いかんせん、僕の外出先は、どうもアルデンシア1択になりがちだ。距離的にいえば、まあ、たしかにゼノリマージュ山脈を越えなくてはならないミクトラン帝国は大変だけれど、それ以外の隣接国、オーリオック公国やレギウス王国は、距離的には大した差がないというのに。
仕方ない。
シャイナがいるから、仕方ない。
他のところへ出かけようとする前に、なんだか不思議な力で引っ張られるんだよね。
それはともかく。
この機会に、ミクトラン帝国、そして帰りがけのついでにでも、少し遠回りにはなるけれど、出来ればオーリック公国も訪れることが出来るとなおよいかもしれない。位置的な関係上、レギウス王国は少し厳しいとは思うけれど。
「シェリスにはこの話は?」
シェリスは今、この時間だと母様と一緒に庭の花壇の世話をして居るころだろうか。
城の庭には、正門を入って見えてくる噴水のある表の、庭師の方が主に手入れをなさっている場所のほかに、城の裏側、並木道を通って抜けた裏庭にも、母様が個人的に世話をしている菜園がある。
シェリスはよく、というよりもほとんど毎日、母様と一緒にそこを訪れていて、花の世話をしている。
「まだ話していない。出来ればシェリスにも、とは思っているが、その説得はユーグリッドの方が得意だろうと思ってな」
つまり、自分がシェリスに話したくないから僕に丸投げしたんですね。
自分から話したら、駄々をこねて引きとめることも出来なくなりますからね。
どうせ意味はないと分かっていても、変に――無駄にこだわるんだから。
「分かりました。シェリスには僕の方から話しておきます」
「……出来るだけやんわりと勧めるんだぞ。もし了承するようなら、私を呼ぶんだ」
いや、父様。
シェリスを外へ出したいのか、それとも出したくないのか、どっちなんですか。
つい今しがた自分で言ったことはしっかり覚えていてほしい。その歳で痴呆はまずい。
第一、父様を呼んだところでどうしようもないでしょう。父様がシェリスに強く出られるはずもないのだから、シェリスが決めたのなら黙って了承するしかないし、せっかく大手を振って外国に行ける機会に、シェリスが行かないなどという選択をすることは、ほとんどないだろう。
「大丈夫ですよ、父様。僕もしっかりとシェリスを守りますから」
妹の盾になることが出来るのはいつだって兄の特権だ。もっともシェリスはしっかりしているから、その辺の心配は不要だとは思うけれど。
「え? 兄様と2人で旅行? ミクトラン帝国まで? 行くわ。もちろん」
僕が、ミクトラン帝国からの祭りへの招待状が届けられたのだという話をすると、シェリスは2つ返事で首を縦に振った。
「ミクトラン帝国には、私は行ったことはないから、お土産話、楽しみにしているわね」
「ええ。楽しみにしていて、母様」
シェリスの瞳は、まだ見ぬ土地への憧れに輝いていて、最初からそのつもりはなかったけれど、父様の情けない発言を伝えるような隙は全く無かった。
その後、夕食の席で、シェリスが父様に突っ込む隙を与えないほどにはっきりと宣言して、父様は少しいじける真似をした後、母様に抱き着いていた。




