お見舞い 4
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、兄様。私たちは出かけるけど、大人しく寝てなきゃダメよ」
朝。
シェリスとシャイナが僕に念を押してから出かけた後、僕は言われた通りにベッドに横になっていた。というよりも、横にならざるを得ない状況になっていた。
どこから情報が洩れているのか、うちの諜報部は優秀だと常日頃から言っているので、おそらくは意図的にだらかが洩らすようにしたのだろう。僕のところへ次から次へとお見舞いの方がいらっしゃっていた。
普通、病人にはこんなに一度に押しかけてこさせるような真似はさせないだろうに、しかし、僕は病人ではないし、ちょっと体温が高くて、わずかな倦怠感と、身体の各所に痛みがあるというだけだ。
「一般的にはそれを風邪とか、病気とかって呼んでいるのよ」
お昼近くになり、お見舞いに来てくださっていたお客様がひと段落したところで、枕元で椅子に座りながらリンゴを剥いてくれている母様がため息をつかれた。
そうはいっても、病気や風邪というのは、一般的に対外から菌なんかが侵入して、それらが悪さをすることで引き起こされるものらしいし、今の僕の状態とは少し違うのではないかと思う。
「そんなことを言っていても仕方ないわ。私たちは本当のところを知っているけれど、他の皆さんはご存じではないのだからあまり意味はないということは、あなたも分かっているでしょう?」
いいから大人しく寝ていなさいと窘められて、大丈夫だと言い張っても無意味だと分かっている僕は黙って布団を被りなおした。
「シャイナ姫とシェリスなら大丈夫よ。一応護衛というか、付き添いはいるのだし。それに、2人がどんな女の子なのか、あなたもよく知っているでしょう」
よく知っていますとも。
2人とも、見る人誰もを虜にする、女神のような女の子だってことは、分かり過ぎるくらいに分かっている。
シェリスは妹だからという僕のフィルターをはずしてみても、おそらくはこの国でも1,2を争う美人さんだろう。
太陽のようにまばゆく輝く金の髪に、意志の強そうな唇と形の良い顎、つんと尖った鼻筋にエメラルドの瞳。
今だ成長途中の身体は、先日ドレスを作り直した際にもしっかりと自慢された。
そしてシャイナは、僕が今までの人生で出会った中で、最も心惹かれた、綺麗な、可愛い女の子だ。
銀で作った細い糸のようにまっすぐでさらさらな髪、透き通る、雪のように真っ白な肌、咲き誇る花びらのように可憐なピンクの唇、不思議な引力に満ちた、宝石のように輝く紫の瞳。
「だから心配なんだよ。いや、僕が心配する筋合いではないのかもしれないけれど」
こうなった原因である、あの戦場で、僕が頑張ることが出来たのは、偏にシャイナの笑顔を曇らせたくなかったからだ。
あのまま侵攻させていたら、おそらくはアルデンシアの街も少なからず戦場となっていたことだろう。
そうなっていたら、きっとシャイナは悲しんでいたことだろうと思う。それはきっと、僕を心配してくれいるよりももっとずっと大きいものだったに違いない。
「だから、一刻も早くこれを回復して、一層精進しなくちゃいけないんだ。同じようなことがあったとき、今度はちゃんと倒れずに、笑ってシャイナに報告できるように」
同じようなことなんて、起こらない方が良いに決まっているけれど。
それに、聞いた話では、騎士団の皆さんも、魔法師団の皆さんも、あれから今まで以上に訓練、鍛錬に打ち込まれているようで、二度と僕を、僕たちを戦場に送り出すような事態にはするまいと、ギルドなんかとの連絡も密に取り合い、体制を強化されているという事だった。
「そうね。そのためにも、今はしっかりおやすみなさい。この後、用事があるのでしょう?」
母様がそう言って笑うので、思わず僕は目を瞬かせた。
おかしいな。僕は何も言ってはいないし、シャイナが報告するとも思えないのだけれど。
「……一体、何のことですか?」
「ふふっ。私はいつだってあなた達の味方だけれど、病人をお客様の前ではしゃがせるわけにはいきませんからね」
後の面会は断っておくからと、母様が部屋から出て行かれたので、僕もほとんど治っているだろうとはいえ、万全を期すために、横になって目を瞑った。
◇ ◇ ◇
なんだかひんやりとしたものが額に当てられている感覚がして、目をわずかに開く。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
外はすっかり暗くなっていて、窓の外にはたくさんの星が輝いていた。
「いいや、そろそろ起きられたら良いと思っていたから、丁度良かったよ。ありがとう、シャイナ」
パーティーから戻ってきてしばら経っているのだろうに、シャイナはいまだにパーティードレスのままだった。
胸元と袖口、裾のフリルの部分が白い以外は、夜空のように真っ黒なドレスは、月光のような銀の髪と、袖口からのぞく大理石のように白い手首との対比で、とても美しく見えている。
胸元には真っ赤な薔薇が飾られていて、頭には金の台座に赤い石の冠が輝いていた。
「どうやらお約束通り、しっかりとお休みになられていたようで安心いたしました。そうでなければ、そのまま帰ろうと思っていたのですよ」
ああ、よかった。
とはいえ、僕は母様と話した後、本当に寝ていただけだったから、そもそも動こうなどという思考すらしていなかったのだけれど。
僕がため息をついていると、シャイナは冗談ですよと、静かに目を細めた。
僕はベッドから起き上がり、シャイナの前で膝をついて、その手を取ろうとしたけれど。
「あの、シャイナ。こんな時間に、さらに時間を取らせるような真似をして、本当に申し訳ないのだけれど、少し部屋の外で待っていてくれないかな。流石にこの恰好――」
「よろしいのではありませんか?」
着替えようと、シャイナに部屋の外で待っていてくれるように頼もうと思った僕の言葉を、シャイナが途中で遮った。
だけど、シャイナがパーティードレスを着ているのに対して、僕が寝間着のような恰好では、流石に恰好がつかないというか。
けれど、シャイナは。
「少なくとも今は公の場ではないのですし、どのような恰好であろうとも。それに、ユーグリッド様の今の恰好をお笑いになるような方はいらっしゃらないでしょう」
シャイナはそう言うと、すっと半歩だけ片足を引いて、ドレスの端をつまんだ。
そんなシャイナを僕は格好いいと思った。
「ユーグリッド様。私――」
「シャイナ姫。是非、私と踊っていただけませんか」
けれど、流石にその先まで言わせるわけにはいかなかった。
僕だって、好きな女の子の前では出来るだけ恰好をつけたいと思っているのだから。
「喜んで」
音楽も、他に人もいない、ふたりきりの室内で、僕たちはシャンデリアの明かりだけに照らされて、ゆっくりとステップを踏んだ。




