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お見舞い 3

 シャイナはしばらくエルヴィラに、正確にはこの城に滞在することになっているらしい。

 僕のお見舞いに来てくれたのも本音ではあるということだったし、それを疑ってはいないのだけれど、どうやらエルヴィラで開かれる演奏会に招かれているらしい。

 アルデンシアは学問や文化、芸術の国としても大陸中に広く知られていて、それはシャイナが各国の式典や催し物に奏者として招かれていることからも疑う余地はない。例えば先日、トルメニア公国に招かれていたように。

 それは是非とも出席しなくてはならない。

 初対面で、シャイナの容姿に惹かれたというのは間違いないことだけれど、あの時のシャイナの演奏に感動していたこともまた本当なのだから。

 しかし。


「いけません。演奏会は明日ですが、このような状態で出席なさるなど、断じて許可できません」


 お城にいらっしゃるお医者様は当然おひとりなどではない。

 薬を作ることを専門にしていらっしゃる方や、治癒の魔法を得意とされている方、開発や研究に力を注がれている方など、一部他の部署とも重なるところこそあるけれど、各々得意とされている分野は異なっている。

 しかし、その誰もが、さらに言えば、魔法の事、その扱いに関してはお医者様や、もしかすれば母様よりも優れていらっしゃるセキア先生までもが、僕には外出を控えるようにと口を揃えておっしゃられた。

 その道の専門の方に言われてしまっては、僕もおとなしく寝ているほかはない。意地悪をして、僕をシャイナのところへ向かわせないためにおっしゃっているわけではなく、僕の事を心配して忠告してくださっているのだから。

 もちろん、抜け出すことが不可能なほど雁字搦めにベッドに拘束されていたり、監視されていたりということはないのだけれど、多分外出の許可を出してはくださらないだろうし、勝手に抜けだせば、護衛の騎士の方たち、メイドの皆さん、料理人の方や司書さんなど、ありとあらゆる方に迷惑がかかる。僕の我儘でそこまで、最悪、城中を混乱に陥れるような真似は避けたい。

 では明日までに症状が治まるだろうかと言われれば、僕にはわからないというのが本音だ。

 魔法を使用するのに支障はなさそうだけれど、くれぐれもと言い含められている。完全に、すくなくとも自覚できる症状がなくなるまでは試してみるわけにはいかないだろう。


「兄様。シャイナの演奏は、何も兄様ひとりのためだけのものじゃないのよ」


 シェリスが呆れているような口調でため息をつく。

 そんなことは言われるまでもなく、十分に分かっているつもりだ。第一、シャイナの演奏会といっても良いのだろうか、演奏会はエルヴィラだけで開かれているものではないし、そのすべてに僕が出席出来ているわけでもない。

 でも、シャイナが演奏する姿をみて、僕のように惹かれる人は少なからずいることだろう。

 それは衣装を着たシャイナの可愛さだったり、真剣な顔つきだったり、もちろんヴァイオリンの演奏だったり、あるいはもっと別の事かもしれないけれど。

 そんなことは不可能だということは分かっているのだけれど、他の、特に男性のいるところへとシャイナが行くのであれば、それもエルヴィラ国内であるのならば、僕も一緒に行きたかった。

 

「兄様、それはちょっとやきもちを焼き過ぎではないかしら」


 さすがのシェリスですら、少し引き気味になっている。心なしか、シャイナの立ち位置もわずかにベッドから遠くなっている気がする。


「そうだね。ごめん。少し、いや、大分困らせてしまったね。もちろん、嫉妬はするけれど、もう大丈夫だよ。シャイナの演奏会の成功を、お城からで悪いけれど、祈っているよ」


 僕の祈りなんて必要ないとは思うけれど。


「そうね。兄様の代わりに、明日は私がしっかりとシャイナの演奏を聴いてくるから。もちろん、そのあとのパーティーもね」


 演奏会の後には、公爵家(我が国、エルヴィラにおける公爵家は、トルメリア公国の公子とは違い、特に王家の血筋というわけではない)のパーティーが予定されており、夜にはそれにシャイナも招待されているのだという。

 本来、僕がでしゃばるべきではないということは分かっている。

 パーティーの主役はシャイナであり、ホストである公爵家の方だ。

 ダンスパーティーではないから、付き添い、パートナーが厳密に必要というわけではないけれど、知ってしまったからにはもやもやとした気持ちは残る。


「まあ、それも、兄様が私たちに黙って無茶をした、心配させた代償だと思って、せいぜいやきもきしているといいわよ」


「なんだか、今日のシェリスは僕に対して冷たいね」


 いつもは大抵僕の味方で、いや、今も味方でいてくれていることには違いないのだけれど、どことなく突き放された感じがするというか、なんとなく怒っているような感じというか。


「お兄様」


 シェリスが僕に対して「お兄様」と呼ぶのは、公的な場か、あるいは――ほとんどないけれど――喧嘩をしている場合くらいのものだ。


「お兄様が今回の事態を勝手に、独断で、私たちに報告もせず、お1人で片付けてしまわれたこと、私が本当に全く怒っていないとお思いですか?」


 シェリスがこういう口調を使うときに、つまり大抵は公的な場に一緒に出ているときなのだけれど、これほど威圧感を感じたことは過去にあっただろうか。いや、ない。


「お兄様がもう少しお考えになって、お城にご報告をくださるだけで、私たちも助けになることが出来たのですよ」


「それは、シェリスや母様を――」


 巻き込みたくはなかったとか、そんな時間的な余裕はなかったとか、そんな言い訳をさせてくれるような雰囲気ではなかった。


「それとも、兄様は私とシャイナを信用してはくださらないのですか? ほかの男性に安易になびくようなことはしないと」


 シェリスとシャイナが真剣な瞳で僕の事を見つめていた。

 シェリスが他人に騙されたり、危害を加えられたりということはないだろう。聡明なる僕の妹は、きっといつだって正しい対応をとることが出来るだろう。男性になびくかどうかは、僕にはわからないけれど。

 シャイナが男性になびくようなこともないだろう。

 僕の願望が多分に含まれているとはいえ、僕が何年も通ったところで、一向に結婚に承諾してはくれないのだ。最近は、少し心を開いてくれているのかなとも思っているけれど、とにかく、初対面の男性に簡単にどうこうされることもないだろう。


「分かりました。仕方ありません。では、こういたしましょう」


 シャイナが僕の耳元である提案を口にする。

 それはとても魅力的で、贅沢なものであるように感じられた。


「では、ユーグリッド様はしっかりとお休みになられていてくださいね」


 我ながら単純過ぎるとは思ったけれど、僕は黙って頷いた。 


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