お見舞い 2
シャイナがお見舞いですとたずねて来てくれたことは嬉しいのだけれど、1つ疑問がある。もちろん、恰好に関することとは別にだ。
どうしてシャイナは僕が倒れていることを知っていたのだろう。
シェリスに聞いてみても、アルデンシアに連絡などしていないと言っていたし、可能性があるとすれば、国境の砦の、エルヴィラ側ではなくアルデンシア側の報告かなあとは思うけれど、それもあまり現実的ではない気がする。
魔物が侵攻してきていたとはいえ、あの段階ではまだ、その国の、それもメギド国王陛下ではなくシャイナの耳にそんな情報を入れるということがあるのだろうか? 仮に、国王陛下には報告するとして、それをメギド国王陛下がシャイナに聞かせるとは思えなかった。
もしかして、月末なのに僕がアルデンシアのお城に姿を見せなかったことを心配して、事件的な何かが起こったのかと調べていたりしてくれたのだろうか?
そうだったら嬉しいけれど、まさかそんなことはありえないだろう。
ああ、そういえば、メギド様が事件の詳細を報告はしなかったとしても、報告書には僕の名前も入っていたし、その部分から推測されたファラリッサ様が、何とかおっしゃってくださったのかもしれない。例えば、友好国のお世継ぎが寝込んでいるのだからとか、もっともらしい理由をつけて。
うん。それが可能性としては1番ありそうだな。
僕は心の中でファラリッサ様に感謝を告げた。
「何か考え事ですか、ユーグリッド様」
「うわっ」
気が付くと目の前にシャイナの顔があって驚いた。
うわーまつ毛長い。それになんだかいい匂いがするし、純粋に心配してくれているのに、邪な考えを持ってはいけないのだろうけれど、全然落ち着かない。
「お顔が赤いですね」
ひんやりとしたシャイナの手が僕の額に添えられる。
「まだ少し熱がおありですね。おかゆをお持ちしたのですけれど、食べられそうですか?」
「……ひょっとして、シャイナが作ってくれたの?」
「先程そう申し上げたではないですか」
程よく温められた、卵が溶かれているらしい黄色味がかったおかゆの上には、梅干しと、ネギが小さく刻んで振りかけてあった。
「ありがとう、シャイナ」
僕が蓮華を取ろうと手を伸ばそうとしたところ、その前にシャイナのほっそりとした手がすでに取り上げていた。
「病人の方は大人しくしていらしてください」
僕は別に病人ではないのだけれど、なんだか張り切っているようなシャイナの顔を見ていると、声をかけるのをためらわれた。
「はい、あーんです」
「わ!」
思ってもいなかった展開に、思わず声をあげてしまった。
だってシャイナが、蓮華で、おかゆが、シャイナで。
当のシャイナは不思議そうな顔をしているし。
「なななな何をしているの、シャイナ!」
「え? ユーグリッド様にはこのようにするのが特効薬なのだと、お母様にも、シェリス姫にも言われていたのですが、どこか違ったのでしょうか?」
え? とか、そんな風にかわいらしく首を傾げられても、僕も困って……はいないけれど、いや、やっぱり困っているかもしれない。
何せ、シャイナが可愛いものだから、直視に耐えがたい。
「ああ、そうでした。すっかり忘れていました」
そう言うと、何を思ったのか、シャイナは僕の口元まで差し出していた蓮華を自分の口元まで引き戻した。
「ふぅー」
ああ、わかった。きっと僕をこのまま永眠させる気なんだな。その場合、罪状は悶え殺しとか、そんな感じだ。捕まるのは一体誰になるんだろう。実行犯はシャイナで、計画立案はシェリスとファラリッサ様かな。
「ユーグリッド様。上を向いたままでは食べられませんよ」
「あー、ちょっと待って。もう大丈夫」
幸いなことに取り越し苦労で済んだみたいで、僕は正面を向き直り、目をつぶった。
「お口に合いましたか?」
「うん。とっても美味しいよ」
そう答えたものの、実際のところ、味なんてこれっぽっちもわからなかった。
舌を火傷したとか、そういうことは全くなかったのだけれど。
「良かったです。おかゆを作ったのは初めてだったのですけれど」
「へえ。シャイナは普段から料理とかもするんだ。ファラリッサ様ともご一緒にかな?」
「いつもというわけではありませんが」
そこで少し会話が途切れ、なんとなく沈黙の時間が続いた。
しばらくして、耐えられなくなりそうだった僕が気の利いた会話でもしようかとしたところで、丁度シャイナが思い直したように、改まってというか、居住まいをただした。
「ユーグリッド様。1つお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
シャイナの頬は若干染まっていて、椅子に座った膝の上で、拳が握りこまれていた。
「1つといわず、僕に答えられることなら何でも」
「……ユーグリッド様は今まで、どなたかと、その、キスをなさったことは御有りなのですか?」
一瞬、質問の理解が追い付かず、固まってしまった。
キスだって?
それは、まあ、僕も王族としての意識はあるわけで、パーティーや式典なんかに招待されれば、ホストの女性の手を取らせていただいた際、失礼にならないようには口をつけることもあるけれど。
誰かと、と尋ねたからには、多分、愛情とか、恋情とか、要するに恋人夫婦がするような、あいさつ代わりではないキスの事なのだろう。そうでなければ、例えばシェリスだって挨拶によく父様や母様にキスをしているし、そんなことを今シャイナが僕に尋ねるとは思わない。
「いや、ないけれど……」
質問されて、この前夢で見たシャイナとのことが思い浮かんだけれど、まあ流石に、そんなことを本人に報告するのは恥ずかしいというか。
「そうですか……」
僕の答えを聞いて、シャイナはわずかに喜んでいるような、それにもまして怒っているような、落ち込んでいるような、何だか不思議な表情を浮かべた。
「あまり長い間居るのもお身体に障りますでしょうから、今のところはこれで失礼いたします」
シャイナはそう言って一礼すると、速足気味に僕の部屋から退出していってしまった。




