お見舞い
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シャイナと会えると思って、そして実際に顔を合わせていたために、気分が高揚していたのかもしれない。
アルデンシアにいる間は大丈夫だったのだけれど、エルヴィラに戻って来てすぐに、僕は熱を出して寝込んでしまっていた。
治癒の魔法があるのだからすぐに治せば良いのではないかと、魔法師ではない方には思われているのだけれど、一概にそう言い切ることの出来るものではない。
たしかに、先日の魔物が押し寄せてきている場合や疫病などが流行している場合、すぐに治癒しなければ死んでしまうものや、戦争の最中などには、すぐに傷を癒す必要があるのだけれど、そうしていると自身の自然治癒力が向上しないというマイナス面も存在する。もちろん、死んでしまったら治癒能力の向上も何もないので、あくまでも一般的な話だけれど。
そして、そもそも今回僕が熱を出している理由は、風邪や病気などではなく、魔力を一気に使い過ぎたことによる一種の暴走のようなものだ。薬や治療でどうにかなるようなものではなく、時間が解決してくれるのを待つしかない。
「魔法師ならば誰もが通る道だというわけではないけれど、流石に今回は無茶をし過ぎよ」
母様にはそうやって窘められた。
詳しく解明されてはいないということなのだけれど、魔法師と呼ばれる、あるいは呼んでいる、魔法を使える人の身体には、魔力を作る器官、あるいは回路とでも呼べるべきものが、いわゆる一般的な目に見える血管や臓器などを含む細胞とは別に、生まれつき備わっていて、生成できる魔力の量もその大きさによって決まっているらしい。
それは年齢的な成長や、訓練などによって徐々に大きく出来るほか、例えば今回のように過剰な使い込みや、何らかの事情によっても急激に成長することがあるのだという。
早速自分でもどのようなものか確かめてみようとしたら、今はダメよと笑いながら怒られた。
母様とそれからお城のお医者様の話によれば、父様や母様、それに僕やシェリスのものは、エルヴィラの、学院の魔法学科に通っているような生徒や教師の方よりは、大きくて丈夫なのだという事らしいけれど、流石に今回は少し無理のし過ぎだったらしい。
「少しじゃないわよ。兄様は全然反省してないわね」
どれだけ心配したと思っているの、とお稽古やお風呂の時以外は、食事すら僕の部屋で一緒にとっているシェリスは随分とおかんむりだった。
母様の話だと、砦から手紙が届けられた際、シェリスは随分と取り乱していたみたいで、実質的なエルヴィラへの被害は抑えることが出来たけれど、家族や、お城の方の、心への配慮が足りなかったようだ。
今後は倒れてしまわないよう、一層の精進をいなくてはならない。
「兄様。私の話、ちゃんと聞いてた?」
実際にはそんなことはないけれど、眩くきらめく金の髪を逆立ててでもいるような雰囲気で迫って来るシェリスの顔は、随分と不機嫌そうだった。
何か間違っていたところがあったのかな。いや、倒れてしまったのだから、間違っていたところはあったのだろうけれど。
「兄様は納得しないかもしれないけれど、私も、多分シャイナも、同じ気持ちでいるのよ。次は私が兄様の手助けをするって」
じゃあ、私は授業に行ってくるからと、心配させた罰として、1か月間のシェリスの髪の手入れをすることを僕が了承すると、シェリスがとりあえずは納得したような顔で出ていったため、部屋には僕と母様、それにお医者様だけが残された。
「シェリスだけというわけではないわよ。今回の事で、魔法師団の皆さんも、騎士団の皆さんも、随分心を痛めていらっしゃるみたいで」
どうやら、結局僕がほとんどの解決をしてしまったことが問題だったらしい。
何故もっと早くに察知できなかったのかとか、何故自分たちはその場にいなかったのかとか、実力が足りず、お手を煩わせることになってしまったとか、僕のところへ直接いらっしゃったわけではないけれど、そんな風に一層の精進をする雰囲気がそれぞれの隊舎に出来上がっているらしい。
今回、僕があの場に居合わせたのは全くの偶然だったわけだけれど、だからといって、納得してはくれないのだろうなあ。
3日目。
僕はそろそろ元気になっていると、自分では思っているのだけれど、心配性なお城の皆は僕がいつも通りにすることを許してはくれなかった。
仕方ないから、部屋で勉強して、鍛錬しようと思って、どうせ母様やシェリスには断られるだろうから、フェイさん達メイドの方に、図書室辺りから学術書か、何故か僕の部屋からシェリスが持ち去っていったヴァイオリンだとかフルートだとかを持って来てくれるように頼んでみたのだけれど、エルーシャ様から言いつけられておりますのでと、やっぱり許しては貰えなかった。
1日さぼると腕は1か月は落ちるらしいから、出来れば毎日続けたいのだけれど。
大体、僕はもう十分に元気なんだよね。
「では、私が看病する必要はありませんね。せっかく来たのに残念です」
そんな独り言をつぶやいていると、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
振り向くと、月夜の妖精さんか何かと見間違うような、長い銀の髪を揺らし、宝石のように神秘的な紫の瞳をした女の子がクールな表情で見つめてきていた。
「……あの、シャイナ、だよね?」
辛うじて太ももにかかるかかからないかの長さの上、さらにスリットまで入っている、極端に短いピンクのワンピース。余計なフリルや装飾はなく、身体の線がはっきりと見て取れる。
頭には普段の髪飾りやティアラではなく、同じ色の帽子をかぶっている。
「やはり目の機能に障害があるのですか? それともまだ熱で朦朧としていらっしゃるのでしょうか?」
そう言ってシャイナが近付いてきて、自分のおでこと僕のおでこをくっつけた。
「やはり顔も赤いようですし、若干熱も御有りのようです」
僕の手首に指をあて、心拍も随分早いようですと、再び僕を枕に押し付ける。
「あの、シャイナ。1つ聞いても良いかな」
「何でしょう。出来れば静かにお休みになっていただきたかったのですが」
落ち着くために僕は1つ深呼吸をした。
けれど、全く落ち着くことは出来なかった。
なぜなら、シャイナは全く気付いていないというか、気にしていないのか、平然としているけれど、横になっていると、その、極端に短いスカートの内側が、考えずにいようとしても、なんだか、まあ、うん、その、でも、指摘したら大変なことになるだろうし。
「ええっと、その恰好はどうしたの?」
そう尋ねると、シャイナは心底不思議そうな顔をした。
「これが病人を看病するときの、エルヴィラでの正式な服装だとシェリス姫に伺いましたが、どこか間違っていましたでしょうか?」
ああ、きっと今隣の部屋か、廊下にいるのだろうか、とにかく何らかの手段でこの部屋の様子を窺っているのだろうシェリスの顔が思い浮かぶ。
「今度シェリスにはお礼を言っておかなくちゃ」
「とにかく、病人は安静にしていらしてくださいね。今、食べられるものをお持ちいたしますから」
やはり少しは恥ずかしいのか、若干頬を赤く染め、スカートの裾をわずかに引っ張っていたシャイナは、小さくお辞儀をして部屋から出ていった。




