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不穏な国境線 3

 ◇ ◇ ◇



「――様。お――さい」


 ん?

 何だろう。

 誰の声?



「ユーグリッド様。いつまで眠っておられるおつもりですか?」


 ぼうっとする頭で、何だかとても心が温かくなるような、優しい声が聞こえてきた気がした。

 僅かに目を開くと、うすぼんやりと、きらきらと輝く銀色と、神秘的な宝石のような紫色が見える気がする。


「まるでシャイナに会えたみたいだよ」


 まあ、こんな戦場のど真ん中にシャイナがいるはずはないけれど。

 握られているような感触のある手からは、僕が良く知っている、普段から身近に感じている、身体が軽くなるような、あたたかくなるものが流れ込んできているように感じられる


「何をおっしゃっているのですか、ユーグリッド様」


 なるほど、夢か。

 だってシャイナがこんなところにいるはずはない。

 ここは魔物の侵攻を食い止めている最前線で、シャイナがいるアルデンシアのお城からは大分離れている。

 そのアルデンシア、そしてエルヴィラへの魔物の侵攻を防ぐために僕は戦場に出たのだから。

 おそらくすでに伝令はエルヴィラとアルデンシアに出されているだろうから、この危機的な状況でメギド様やファラリッサ様がシャイナを外へと連れ出すはずもない。

 どうやら僕は仰向けに倒れてしまっているようだし、正面にシャイナの顔が見えて、頭の裏にはとても柔らかい、そう、例えるなら、まるで膝枕でもされているような感触がある。


「まさに夢心地とはこのことだね」


 流石は僕の夢。倒れてしまったところにシャイナが来てくれるなんて、なんて都合のいいものだろう。

 どうしようもなくて、こんな事では王族として失格かもしれないけれど、今だけはこの夢にまどろんでいたい。


「何をおっしゃっているのですか、ユーグリッド様」

 

 先程よりも少しばかり呆れの混じった声が聞こえる。

 せっかく出てきてくれたところに悪いけれど、今は身体を起こせる気がしない。

 こんなに近くにいるというのに、なんて情けない姿を晒しているんだ僕は。


「情けなくなどありません。ご自身の事を顧みず、自ら最前線にお出になられたのでしょう。とてもご立派です」


 やはり夢か。僕が話していないことまで知っている。

 こういうことは自慢することじゃないし、きっと勝手にこういう言葉をかけてくれたらなあと思っている深層心理が見せてくれている理想のシャイナなのだろう。

 それならもう少し優しさを足すべきだったかもね、僕の心は。


「失礼ですね」


 そんな風に怒った顔もまさにそっくり。

 どれだけ僕はシャイナの事を見ていたのだろう。


「お加減はどうですか?」


 シャイナの顔が見られたから元気が出たよと告げると、調子のよい方ですねと言われてしまった。

 ああ、夢でも嬉しいな。


「どうせ夢なら少しくらい」


 普段は絶対やらない、出来てもしないことをしてみても許されるのではないだろうか。

 どうせ僕の脳だかが見せている幻覚なのだから。

 

「えっ」


 やけにリアルな感覚のあるシャイナの頬に手を添えると、少し頑張って身体を起こし、花びらのような唇に触れるだけのキスをする。

 いやあ、現実だったら絶対できないね。こんな、相手の確認も取らず、勝手に、それも唇にキスをするなんて。紳士として、とても人様に顔向けできるような行為ではない。

 それにしても随分と柔らかくて、しっとりとしていて、なんだかこう、とても言葉では言い表せないような、幸福感に満たされるよね。

 いや、これはただ魔力が足りなくて、頭がふわふわしているだけなのではないだろうか?

 そう思っていると、何だか気が遠くなってきて。

 って、夢の中で気が遠くなるというのも変だから、つまり、目覚めが近いのかもしれない。

 どうせ夢の中の事は覚えていられないのだろうし、覚えていても仕方のない事なのだけれど、この夢ばかりは覚えておきたかったなあ。



 ◇ ◇ ◇



 ぼんやりと魔法の光が目に入って来る。


「ユーグリッド様。良かった。お目覚めになられたのですね」


 身体を起こすと、フォリウム隊長以下、今回の魔物の討伐に出向いていた人たちが安堵の表情で膝をついていた。


「状況はどうなったのですか?」


「はい。殿下のお力で、事態は収拾致しました。既に負傷者の治癒も終えておりまして、幸いなことに死者は出ておりません。今回の騒動はここにいる我々――我々だけしか知っている方はおりません」


 なんとなく変な喋り方だったし、わざわざ言い直したのも気になるところではあったけれど、とりあえず被害は最小限に食い止められたようなので一安心といったところだろうか。


「じゃあ、もう魔物の件は片付いたんだね」


「はい。詳細は報告書にまとめておりますので、そちらをご覧いただきたく思いますが、討伐した魔物は現在ギルドへの売却、及び引き渡しの手筈はすでに整えております」


 フォリウム隊長に頼むと、部下に目配せをされて、報告書を手渡してくれた。


「ウィルコー川及びゼノリマージュ山脈への環境被害、それからエルヴィラとアルデンシアへの影響は?」


「詳細は現在調査中ですが、ギルドへ速便で確認したところ、直ちに影響は見られないとのことです。追って報告させていただきます」


 その件は父様、城の方へとお願いすると、畏まりましたと深く頭を下げられた。


「あっ、そう言えばシャイナ」


 そこまで言ったところで、フォリウム隊長だけではなく、全員が肩を揺らして反応した。


「――のところへ向かう途中だったんだけど、僕がどれくらい倒れていたのか、正確なところは分かる?」


 そう尋ねると、全員が安堵したかのような溜息をついていた。一体、何だというのだろうか。


「約1日半といったところでしょうか」


「え? そんなに?」


 僕は飛び起きると、浄化の魔法で自分の身体と衣服を整える。


「ユーグリッド様、どちらへ?」


「決まっているじゃないですか。アルデンシアですよ」


 今更尋ねる事ではないと思うけれど。


「なっ、無茶です。もう少し休まれてからでなければ……」


「僕なら大丈夫。シャイナに会えると思うと、何だか元気が湧いてくるんだ」


 そうして窓から飛び出そうとした僕に、せめてこれだけでも、とサンドイッチと水を渡してくれる。

 そういえば、随分お腹が減っていた。


「ありがとうございます」


 いつもより少し遅れてしまったけれど、心配させてはいないだろうか。


 

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