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不穏な国境線

 それはいつもと同じように、ただ毎月末の恒例行事としてアルデンシアへと向かおうとしていただけだった。

 本当はいけない事なのだけれど、いつも顔パスで通してくれるので、その日もただ普通に国境の検問所の上空を飛び越えてシャイナに会いに行こうと思っていたのだけれど。


「ユースティア様!」


 僕の姿を見つけられた国境警備の魔導士の方が1人、焦った様子で上空へ、僕のいるところまで飛び上がっていらした。何年も、幾度となく出かけてきた中で、このように引き留められたのは初めての事だった。

 厳密にいえば、以前、反アルデンシア派の画策していたクーデター未遂の際に、似たような状況にはなっていたけれど、あの時にもアルデンシアへ向かわないようにと引き留められることはなかった。


「大変申し訳ありませんんが、殿下、今はアルデンシアへ向かわれるのをお控えになってはいただけないでしょうか。無論、私共も殿下がアルデンシアへ向かわれる理由は存じ上げているつもりではありますが、何卒」


 言われて下を見下ろすと、なにやら検問所の様子は慌ただしく、念話によって連絡を取り合っていたり、戦闘が行われているわけではないにも関わらず、武装していらっしゃる方の姿もちらほらと確認できた。

 空で話すのもあれだし、どうせ立ち寄ったのだからと、部隊の方に挨拶をするべく詰め所に入り、通された部屋で、今まさに装備を終えられた方の方へと目を向けると、見られてはいけないところを見られてしまったように、焦った様子で退出されてしまった。


「……分かりました。今のところは城へ戻っていることにします」


 僕がそう言うと、部屋中の全員に、あからさまにほっとした様子で溜息をつかれた。

 

「ですが、その前にそこのギルドにちょっとばかり立ち寄ってからにしますね」


「なりませんぞ、殿下!」


 間髪入れずに大声で否定され、警備の隊長はしまったというお顔をされた。周りの騎士や魔導士の方からも、緊張した空気が伝わってくる。


「話していただけますか。僕はただお飾りの王族でいるわけにはいきません。僕たちの安全を守るのがあなた方の仕事だということは十分に承知しておりますが、ならば国民の生活を守るのが僕たちの使命であり、義務なのです」


 彼らの気持ちは痛いほどに伝わってくる。

 僕を、僕達を危険な目に合わせないようにここで警備の任に就いているのだというのに、その警護対象を直接巻き込んでしまうことに躊躇しているのだろう。

 躊躇というのは生ぬるいかもしれない。彼らの存在意義を揺るがす、一大事であるのだから。


「……隊長」


「……今から話すことはお前達には関係のない事だ。あ、いや、殿下にしか話せないことだ。お前達は外に出ていろ」


 それほど時間があるというわけでもないらしい。隊長の考慮時間は数秒だった。

 重々しく口を開いた隊長を気遣うように、我々も残りますと口を揃えた兵士の方々は、隊長命令だという言葉で不満気に頷かれた。

 部隊にいる以上、上官の命令は絶対。それが乱れるようでは、部隊として成り立ちはしない。

 僕と隊長だけが残り、部下の方が全員出て行かれたところで、改めて隊長――フォリウムさんが口を開いた。


「……現在、ゼノリマージュ山脈を南下してきている魔物の大群が確認されております」


 フォリウムさんが机の上に地図を広げ、太く、毎日の鍛錬を欠かさない、お城の騎士の方と同じように鍛えこんでいることの分かる指でその上をなぞる。


「ここが我々のいる、国境警備隊の駐屯地です」


 指示された一点から、ウィルコー川をなぞるように北上し、ゼノリマージュ山脈に差し掛かかったところで再び止められる。


「現在、斥候を隊の魔導士の者が行っておりますが、その連絡によりますと、目測で、およそ明日ごろにはこちらへ到着するとのことです。ただ、上空にも魔物は確認されているようで、おそらくは問題ないとは思われますが、万が一の事態を考えますと、御身には不用意におひとりになられるような、それに飛行の魔法を使われるような事態は避けていただきたく……」


 魔物の生態は解明されていない。

 勿論、座学として習ったり、書物を読んではいるため、大よその事は分かっているけれど、当然ながら実戦の経験があるわけではない。机上での勉強など、実戦で得られる事からすれば、ほんの些細なものだということは理解している。


「殿下。あらかじめ申し上げておきますが、ご自身で向かわれるなどという暴挙に出られるのはお控えください」


 少し、ほんの少しだけ、僕も一緒に向かえばそれだけ人手も増えるし、事態の収拾が早まるのではないかと思ったりもした。自分で言うのもなんだけれど、総じて僕達王家の魔法力は高く、たしかにセキア先生には敵わないかもしれないけれど、魔法師団の方達にも決して引けを取るつもりはない。

 しかし、僕が何と言おうとも、僕が出て行くようなことになれば、確実に僕の護衛に人員が割かれることになるのだろうし、明らかに人手が足りていないと思われる現状、それをさらに削るような真似は避けたい。


「人手不足か……」


「なりませんぞ、殿下!」


 また同じことを言われてしまった。

 だから、僕は出ないって……まだ言っていなかった。


「とにかく――」


「隊長! 襲撃です!」


 分かりましたと返事をしようとしたところで、伝令の方が荒々しく扉を開いて入って来た。


「殿下……! いえ、これは、その」


「もういい、ドルック。殿下には私がお話してしまった」


 僕の姿を確認して、入って来られた伝令の方――ドルックさんが大きく目を開かれる。


「とにかく、良いですか、殿下。絶対に、私共が戻って来るまでは絶対に、この部屋から出ないよう、何卒お願い申し上げます。御身に何かありましたら、両陛下と、シェリス様に何と申し上げればよいか……」


 一礼し、扉を出て行くフォリウム隊長に、僕は笑顔で手を振った。

 さて。



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