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男の戦いの始まり 8

 ◇ ◇ ◇



「シャイナ姫様。この度はお誕生日おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 夜。

 シャイナの誕生日を祝うパーティーの会場で、お祝いのためにアルデンシア各地から公侯伯以上の貴族の方がいらっしゃり、口々にお祝いの言葉を告げられている。

 シャイナの側にはヴィレンス公子がついていて、シャイナに挨拶に来た方達は、ヴィレンス公子にも挨拶をしている。

 もちろん、ヴィレンス公子と良く話したがるお客人もいらっしゃって、案の定、貴族家の女性の方が多かった。

 今はまだ、子供っぽさが見え隠れしてしまうほどには社交慣れもしていないみたいだけれど、何もなければトルメリアを治める王座を継ぐ方だ。トルメリアとのパイプを作るという意味でも、位が目的であっても、とりあえず顔を繋いでおこうと思う方がいないはずもなかった。


「兄様はシャイナのところにいなくていいの?」


 僕は少し離れた壁にもたれかかりながらその様子を眺めていた。

 もちろん、全く焦ったりしないかと問われれば、もちろんそんなことはない。

 シャイナに言い寄っている男性は、少なくとも今はまだ、物色するような、とまではいかないかもしれないけれど、端から見ている僕にもどこへ視線を向けているのかが分かるくらいにはあからさまな人もいる。

 女性はそういう視線には敏感なのだと教えて貰っているから、おそらくはシャイナも気づいていて無視しているのだろうけれど、あまり愉快なものではないだろう。


「うん。正直、行きたいのは山々なんだけれど、ヴィレンス公子ならばともかく、僕が行ってしまうと、他の、純粋にシャイナをお祝いしたいと思っている方が声をかけづらくなると思うんだ」


 僕が言うのもおこがましいけれど、シャイナのお祝いなのだから、たくさんの人にお祝いして貰いたかった。

 ヴィレンス公子がついているから、100パーセントシャイナへのお祝いだけに集中しているという方は少ないかもしれないけれど、僕だって自分の立場は分かっているつもりで、あの場に僕まで行けばどのような空気になるのか想像するのは容易い。

 僕はそれでも一向に構わないのだけれど、シャイナがどう思うかというのが問題で、お客様を不快にさせてしまったと、その後を暗い顔で過ごさせたくはなかった。


「姉様。母様が」


 休みなく、もう大分シャイナへの挨拶が続いていたので、そろそろ休みも必要だろうと思い、声をかけようとしたとき、丁度クリストフ様がシャイナの袖を引っ張った。

 社交のデビューというわけでもないのだろう、このままいけば次期アルデンシア国王を継ぐであろうクリストフ様は、先程まで壇上のファラリッサ様のところにぼうっとしたお顔で張り付いていたのだけれど、いつのまにやらシャイナの隣に現れていた。

 おや、と思って壇上へと目を向けると、椅子に座っておられるのはメギド様だけで、ファラリッサ様のお姿は見つけることが出来なかった。


「ユーグリッド様」


 声をかけられて振り返ると、ファラリッサ様が僕たちの隣までいらしていた。

 全く気がつかなかったのだけれど、少し集中してみると、わずかに魔力の残滓が感じられた。通常、このように魔法の痕跡が分かるようなことは、ファラリッサ様ほどの魔法師ともなれば隠すことは訳もない事であるはずなので、わざとこちらに気がつかせるためになさっているのだろう。


「あまり取りたい手段ではないのですが、こうでもしないとユーグリッド様とお話することが出来ませんから」


 隠蔽の魔法は、そこに誰かがいると分かると効力は低くなる。

 こうして僕とシェリスに話しかけてくださっているので、僕とシェリスには分かっているけれど、他の方には存在を知られてはいないだろう。

 たしかに、僕は今日の主役ではないのでシャイナほどではないにしろ、結構な頻度で挨拶をされてもいた。もちろん、以前のようにシェリスに任せて抜け出すようなことはしない。むしろ、シェリスの方が僕に時間を作ってくれるかのように進んで話し相手を引き受けてくれることも多かった。


「シャイナを連れて来ますから、是非、あの子とも話をしてあげてください」


「ありがとうございます、ファラリッサ様。私もお兄様には是非シャイナと一緒に過ごしてもらいたったのですけれど、お兄様はどうにも怖気づいていると申しますか……」


 シェリスは、口調は良く出来た完璧な妹姫を、視線は僕を非難するように見るという、高度なことをやってのけ、ファラリッサ様は楽しそうに口元を綻ばせられた。


「兄様は、普段はアルデンシアまで押し掛けるようなことを平気でするくせに、どうしてこうやって人がたくさんいるような会場だと遠慮するのよ」


 ファラリッサ様が背中を向けられた後、シェリスが僕の方を見ないままに口を開いた。


「そんなに遠慮しているつもりは――」


「しているでしょう」


「……はい」


 一応誤魔化してみようかと思ったけれど、賢妹の目は誤魔化せなかったようだ。昔から僕の事になると、普段よりも洞察力が増すんだよね。いつも鋭いけれどさらに。


「人がたくさんいる時というか、シャイナが主役の場では、やっぱりシャイナ自身に一番楽しんで貰いたいんだよね。普段は、もちろん、僕の事を見ていてもらいたいし、僕の事を考えていて欲しいと思っているけれど、こんな時にはさ、シャイナが思うままにいて欲しいと思うんだよね」


 もっとも、あまりそうはいかないみたいではあるけれど。


「出来ることなら、シャイナと2人でお祝いしたいと考えることもあるよ。でも、それを、僕の方から望むのは違うと思うんだよね」


 シャイナがそう思ってくれるのならば、これほど嬉しいことはないと思うけれど、僕自身の欲望のためだけに、シャイナに望んでしまうのは、なんだか違うように感じていた。


「……まだそんなこと言ってるのね」


 シェリスが呟いた言葉は小さ過ぎて、僕の耳に届く前に会場の喧騒と音楽にかき消された。


「兄様。その程度の思いだと、後悔することになるかもしれないわよ。もうシャイナだって13歳なんだからね。盗られてから気付いても知らないから」


 そうか。シャイナももう13歳になったのか。

 なんだか僕は今更のように実感していた。

 たしかに初めて会った時には、まだ、シャイナにはっきりと求婚を迫るような、そういった意味での好意を向ける男性は少なかった。

 けれど、今、シェリスに指摘されてからあらためて見てみると、さっきまでは気にならなかったシャイナに向けられる視線が凄く気になった。

 シャイナのドレスは、それ程露出が多いわけではない。

 けれど、その美貌はひときわ輝いていて、これからシャイナが年齢を重ねるごとに、取り囲む男性の数もどんどん増えるのだろうと確信させられる。


「そうだね。そもそも初対面で結婚を申し込んだのだから、それを貫けないのはなんとも恰好がつかないよね」


 そう思った時には、すでに足の方はシャイナに向かって歩き始めていた。

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