男の戦いの始まり 7
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予想はしていたけれど、想像以上に気まずい雰囲気が馬車の中には流れていた。
今、アルデンシアの街中を走るトルメリア公国の馬車に乗っているのは5人。僕と、どうしてもついて来ると言われた護衛のサーモルド団長と、ヴィレンス公子と、先程手助けを、というよりも口添えをしてくださったヴィレンス公子の侍従でいらっしゃるのだという女性のフェレスさん、そして馬車の御者を務めてくださっている方だ。
元々、シャイナをデートに誘ったつもりだったのにも関わらずこうなってしまったのは、流れからして仕方のない事だった。
もちろん、決闘のすぐ後だったためヴィレンス公子に遠慮したという部分も、全くないわけではなかったけれど。
「それに致しましても、さすがエルヴィラの王子様でいらっしゃいますね」
馬車が走り出し、しばらくしたところで、フェレスさんが口を開かれた。
「私の性別を初見で見抜かれたのは随分と久しぶりの事です」
隣に座っているサーモルド団長と、なんとヴィレンス公子までが顔を逸らした。
馬車に乗る前、フェレスさんとサーモルド団長はそれぞれ譲り合う様に、僕と、ヴィレンス公子を先に馬車の中へと案内しようとしてくださったのだけれど、僕はその手を断って先にフェレスさんを馬車の中へとお連れするために手を差し出した。
「女性を外でお待たせするわけには参りませんから」
そう僕が手を差し出すと、ヴィレンス公子とサーモルド団長が驚いたように目を見開き、フェレスさんはほんのわずかに楽し気な笑みを浮かべたご様子で、ありがとうございます、と僕の手をとってくださった。
たしかに、フェレスさんは中性的な容姿をしている。
真っ赤な髪は肩の辺りで綺麗に切り揃えられていて、同じくルビーのような瞳は切れ長に、知的で落ち着いた雰囲気は、整った服装と装飾品も相まって、高い身分であるだろうことが察せられた。
けれど、声の調子や、胸回りの多少の違和感、それに全体的な体格は、成人男性のものではなく、明らかに成人女性のそれだった。
小さいころからパーティーなどには、それこそ日々の仕事のように出慣れているし、日常的にも、お城で働いていらっしゃる方など、女性と接する機会はわざわざ数えるまでもない。
その中には、当然色々なタイプの方がいらっしゃるし、こうした女性への接し方を学んだ際からも、初対面の方であっても性別を見抜く程度のことくらいは、僕だって、シェリスだって、問題なく出来ることだった。
「あなたのように素敵な方を男性だなどと、口が裂けても申せません」
そう告げると、ヴィレンス公子が少し脹れた顔で睨んでいるような気がした。
「ええ、その通りです。ヴィレンス様は最初、私の事を男性だと思っておられました」
「おい、フェレス!」
フェレスさんが淡々と告げられると、ヴィレンス公子は焦ったように口を開いた。
でも、ヴィレンス公子はまだシャイナと同じくらいの12か13歳だという事だったので、それに、フェレスさんと最初に顔を合わせたのはもっと幼い頃だろうから、そのくらいのときには見抜けなくとも仕方のない事のようにも思えるけれど。
「えっと、こういったことは経験も重要ですから、あまり気にする必要はないかと」
僕だって、ヴィレンス公子と同じ年の頃にフェレスさんと初めて会っていたのならば、もしかしたら区別がつかずに失礼を働いていたという可能性も、全くないわけではないと思う。
もっとも、僕が気付いたくらいなのだから、シェリスやシャイナは当然、気づいていたのだろうとは思うけれど、そんな余計な事を口に出したりはしない。
「ふん。お前なんて、少し顔が良くて、私よりも背が高く、女性に気配りができ、魔法と体術が優秀で」
「ヴィレンス様。ユーグリッド様は他にも、勉学においてはエルヴィラの最高学府の教諭について学んでおられますし、音楽や芸術に関しても、シャイナ様ほどではございませんが、ご一緒に芸術祭に出られるほどに修めていらっしゃいます。加えて、自国の政務にもすでに携わっておいでとのことです」
そういった情報はどこから仕入れてくるのだろう。
エルヴィラの管理体制が甘いのか、はたまたトルメニアの諜報員、あるいはフィレスさんご自身が優秀でいらっしゃるのか。
「それに、先程ヴィレンス様もご覧になられた通り、私の性別を一目で見抜く洞察力、あるいは女性に対するスキルと言い換えてもよろしいかもしれませんが、紳士としてもヴィレンス様より数段勝っていらっしゃいます」
「フィレス! お前、一体どっちの味方だ!」
赤いお顔で声を張り上げられたヴィレンス様の唇に、フィレスさんがそっと人差し指を当てられる。
「そのようにすぐにカッとなっていらっしゃる間は、到底、シャイナ様を振り向かせる、あるいはユーグリッド様に勝利することは出来ませんよ」
ヴィレンス公子はむぐっと黙り込んでしまわれて、フィレスさんと顔を合わせるのも、僕へ顔を向けるのも避けたかったらしく、窓の外の流れる景色へと目を向けられた。
そんなヴィレンス公子の事を、フィレスさんは優し気な瞳で見つめていらした。
「何かございましたでしょうか?」
そんなフィレスさんの様子をじっと見つめていたことに気付かれていたらしく、僕の方へと顔を向けられた。
「いえ。ただ、ヴィレンス様よりも、貴方の方が手強い相手だと思っておりました」
そんなフィレスさんがついていらっしゃるのだから、今はまだ子供だと安心して見ていられるヴィレンス公子も、数年もすればきっとしっかりとした一国の主として成長されるのだろう。
そう、丁度、シャイナが結婚するくらいの年齢に達する頃には。
「ですから、そんなあなたがついて、大切になさっていらっしゃるヴィレンス様も、きっとずっと手強く成長なさるのでしょうね」
僕がそう答えると、フィレスさんが楽し気に微笑まれたような気がした。
「‥‥‥どうやら思っていたよりもずっとエルヴィラの王子様、いえ、ユーグリッド・フリューリンク様は手強くていらっしゃいますね」
どちらからともなく微笑みあった僕たちの視線がぶつかり、丁度、馬車も目的地へと到着したらしく、静かに停止していた。




