男の戦いの始まり 5
開始の合図と同時に、ヴィレンス公子から空気の弾丸が発射される。
丸腰だったことからも、魔法に自信があるのだということは予想していたけれど、その通りだったようだ。格闘拳打などを仕掛けるために距離を詰めて来ようという意思は感じられない。
空気は身近にあるもので、攻撃あるいは身を護る魔法として――自身の魔力以外だと――最も利用しやすいと、学院などでも最初に習う魔法であるらしい。
初歩の魔法とはいえ、開始直後というほとんど時間のない中で、それもあの年齢の男の子が、同時に何発もコントロールしているという技量には驚かされる。おそらく、普段からしっかりと修練を積んでいるのだろう。
「えっ……」
本来なら、ヴィレンス公子の魔法の技量を認めたうえで、攻撃を受けることも出来た――障壁で弾いた際の感じではおそらくそこまで大変な事にはならなかっただろう――けれど、そんな風にするのは大人げない。
ヴィレンス公子も、初手では牽制のつもりだったのか威力は抑え気味のようだったため、そこまで影響はなかっただろうとはいえ、言い方は悪くなるけれど、あの程度の魔法で攻撃を受けてしまうと、普段一緒に魔法の修練をしているシェリスや、僕がよくアルデンシアまで飛んで遊びに来ていることを知っているシャイナからは、どこか調子でも悪いのではないだろうかと、心配させてしまう可能性がないわけではない。
だから、魔力を感じ取って、こちらに着弾する直前に、その部分にだけ障壁を展開した。
もちろん、数が多かったりすると面倒になるので、全周防護壁を展開した方が手っ取り早いのだけれど、無駄な消費を抑えるという点からも、できるだけ最小限の魔法だけで防いだほうが効率が良い。
もう1つ。
僕の展開した魔法障壁は、まさにヴィレンス公子の魔力弾のぶつかる寸前、その1点にのみ形成したものだ。それだけを防ぐことが出来れば良かったため、出力も同程度。つまり、ヴィレンス公子の方から見ると、僕は何もしていないにもかかわらず、自身の攻撃だけが、何故か防がれてしまったということになる。
ある程度、とは言っても十数年ほども修練を積めば、戦闘においてそのような未知の現象に対することは決して珍しいことではなく、むしろそういった場合の方が多いことも分かってくるため、その程度で一々驚いたりして隙をつくることもなくなるのだけれど、まだ習いたてで――そうでなくとも数年程度の――しかもおそらくは初めての身内以外との対人戦闘で、初歩とはいえ、それを要求するのは少し難しかったのかもしれない。
しかし、だからこそ、そんな未知の現象に対して、自身の得意とする魔法が防がれているという事態に、分かってはいても理性で抑えることが出来ないのだろう。ヴィレンス公子同じように、今度は4つの空気の弾丸を飛ばしてきたけれど、もちろん、そのうちのどれも僕の障壁を突破することはなかった。
4つをそれぞれコントロールする感覚、技術は、その歳にしては上手く扱えていたけれど、今度はピンポイントではなく、自身の全周を覆うように展開した障壁により全てが僕に接近することもなく霧散する。
目を見開き、歯を食いしばったような表情をみせたヴィレンス公子は、次の瞬間には空中に巨大な氷柱を作り出していた。
戦闘における魔法を使用するまでの速度は、それだけ自身の隙をなくすことにつながる。当然だけれど、それぞれの魔法と魔法の間隔が短いほど、手数も多くなり、相手に準備させる時間を与えないことになるからだ。
「これで」
もちろん、障壁で防ぐことは出来た。
しかし、それではせっかくの綺麗な庭の景観を損なってしまう事にもなりかねない。
だから、ヴィレンス公子がそれをこちらに向けて投げつけてくる前に、移動と加速の魔法を駆使して、一気に距離を詰めると、投擲の態勢に入っていた氷柱の先端の方を掴み、それのみに炎をぶつけることにより、一瞬で溶かし尽くす。もちろん、炎は完全にコントロール下にあるため、ヴィレンス公子を火傷させたり、髪の毛を燃やしてしまったり、もちろん、庭の草木を焦げつかせてしまうなんて真似もしない。
そのまま腕を捕まえると、飛行の魔法で急上昇して、シャイナやシェリス達が豆粒ほどに見えるようになったところから全力で、地面にぶつかるのではないかという速度で一気に下降する。
ヴィレンス公子の口からは、悲鳴ともつかない声が漏れていたけれど、まだ実際に危害を加えたわけではない。
飛行の魔法を習っていないのか、そのような魔法を感じられず、僕が手を離せば、そのまましたに落ちてしまうのではないかとも思える。
もちろん、そんなことをするつもりはなく、地面に激突する、まさに直前に急停止する。
おそらくは完璧なタイミングだったため、少し横から見て確認すると、ヴィレンス公子の鼻先は、ほんのわずか、まさに砂粒ほどの間隔で地面からは浮いていた。
衝撃に備えてなのか、ぎゅっと目を瞑っていたヴィレンス公子は、恐る恐る目を開くと、悲鳴こそ上げなかったものの、驚いたような表情になった。
そこで僕はヴィレンス公子の鼻先を軽く地面につけてみた。それから姿勢を戻して、その場に座らせる。
ヴィレンス公子は焦点の合っていない目で宙を見つめている様子だった。
「わっ」
耳元でそう叫ぶと、ヴィレンス公子は真っ赤な顔で、瞳にはじんわりと涙が浮かび、それがぽろぽろとこぼれだしてしまった。
「え、ええっと‥‥‥」
驚いてしまって、シェリスの方へと助けを求めるように視線を向ける。
シェリスは仕方ないわねという顔をしていたけれど、隣にいるシャイナの瞳は何となく冷たく感じられた。
いや、僕も本当に泣かせるつもりはなかったのだ。
驚かせようとは思っていたけれど、ヴィレンス公子だってまさか飛行の魔法を使えないと本当に思っていたわけではなくて、この後にもうちょっとうまい方法で、何となく健闘をたたえ合えるような、そんな決闘にするつもりだったのだ。
そのための準備というか、何というか。
万が一にも怪我をさせたりしないために、制御に意識と魔法力を集中していたため、飛行している間には他の魔法を使ってはいなかった。だから、その間に、攻撃されたりすれば、むしろ僕の方が危険だった可能性もあったし、だから狙い通りに驚いて、あるいは混乱してくれて幸運だったというくらいに考えていたのだけれど、どうやらそれ以上の恐怖だったらしい。
ヴィレンス様にこれ以上の継戦意思はないと判断されたのか、メギド様が決闘の終了を宣言される。
「兄様……」
シェリスが仕方ないわねという中にも、何か言いたげな雰囲気を纏って声をかけてくる。
もう少しやりようはあったのではないのかという事だろう。
たしかに、相手の魔法ではなく、自身の恐怖心に負けてしまったのだから、ヴィレンス公子のプライドというか、どちらかといえば精神的なダメージの方が大きい、そんな試合になってしまったのかもしれない。
でも、シェリスには少し納得のいかないところもあるのかもしれない。こういった精神的なものではなく、相手を気絶させるとか、そういった形での決着を望んでいたのかもしれない。
けれど、この試合、あるいは決闘は、1人の男性として好きな女性への想いのために戦うという、一種の心の戦いであったという側面もあるはずだ。
「ま、まあ、こんな勝負で想う心に決着をつけようなんて間違っていますから、また今度――」
僕の方が年齢は上なわけで、その分、経験も、訓練も、修練も、それもエルヴィラの中でも最高の先生について学び、積んでいて、このような形での決闘をすれば勝つのは僕だろうということを疑ってはいなかった。
シャイナと出会ったあの日から、武術や魔法だけではなく、音楽や勉学などに関しても、シャイナの隣で堂々と胸を張れるようになるだけのものは積み上げてきているつもりだ。
だから、また、いつか、驕るつもりは全くないけれど、ヴィレンス公子が同じくらいの日を積み上げた時にまたこうして、と思ったのだけれど。
「おま……っひっく……ぜった‥‥‥ぐすっ……ゆるさ……すん……」
涙を浮かべたままの顔で、ヴィレンス公子が僕の事を睨みつけていて、とりあえずの仲直りをしようと思っていたのだけれど、どうやらそんなつもりは毛頭ないらしい。
「いつか絶対倒してやるから覚えていろ」
そんな台詞を残して、ヴィレンス公子はお城の門に向かって走り出してしまって、その後を従者らしき方達がこちらに挨拶をしながら追いかけて行かれていた。




