男の戦いの始まり 4
◇ ◇ ◇
どうしてこんなことになっているのだろう。
目の前には、真っ赤な顔に涙を浮かべてプルプルと震える男の子と、ひんやりとした表情を向けてくる、さらさらの銀の髪と、宝石のように神秘的な紫の瞳のお人形のような女の子と、素直に称賛するような瞳を向けてくれる、色素の薄い茶色髪の男の子と、呆れたように、仕方ないわねとでも言いたげなため息をついている妹の姿があった。
少し離れたところでは、おろおろとしていらっしゃるファラリッサ様と、変わらず楽し気な表情を浮かべているメギド国王様の姿も見える。
「兄様……」
取り繕っていないシェリスが僕に冷たい瞳を向けてくる。さすがのシェリスも、今回ばかりは僕の事を非難しているらしい。そんなことを言われても、僕としてもこうするしかなかったわけで。
話は数時間前にさかのぼる。
僕は自身に非があったとは思っていない。女神セラシオーヌ様に誓ってもいい。
僕はただ、案内されるままに、シャイナとクリストフ様とヴィレンス公子とシェリスと一緒に食事をしただけだ。
食事を終え、一息ついたところで
「お義兄さん。この後はどうなさるおつもりですか?」
クリストフ様にそう尋ねられたのが始まりだったのかもしれない。あるいは、すでに始まっていたところへの新たな燃料だったという感もぬぐえないけれど。
「良ければシャイナをデートに誘おうと思っていたのだけれど、お客人も尋ねて来ていることだし、僕がシャイナを独り占めにするのも申し訳ないからね」
代わりにと、皆でやろうと思ってエルヴィラから持ってきた双六を出してきた。
以前、シャイナがエルヴィラまで来てくれた時にも一緒にやった恋愛双六は、2人でやるのもそれはそれで嬉しいし、楽しいけれど、やっぱり人数はたくさんいた方が面白い。
もちろん、シャイナが他の男の子とあれやこれやをするのはやきもちも焼くけれど、それよりも一緒に遊びたい気持ちの方が強かった。
「この前は色々とあって、何となく途中で切り上げてしまった感じが強かったからね」
前回、同じ物をエルヴィラのお城でやった時には、反アルデンシア派の襲撃に備えて早めに切り上げてしまったので、十分に遊びつくすことは出来なかったため、こうしてのんびりと出来る時にあらためてやろうと思って持ってきた。
もっとも、ヴィレンス公子がいたのは予想外だったけれど。
「……これを以前、シャイナ姫と一緒に?」
双六に目を通したヴィレンス公子が少し不機嫌そうな声を出す。
恋愛双六と名を冠するだけのことはあって、書いてあるマスの指示には、恥ずかしかったり、照れてしまったり、むずがゆかったりする内容ばかりが並んでいる。
恋人同士でやるのが普通みたいだけれど、そうと決まっているわけではないし、シャイナも別に拒否したりはしなかったので、楽しく遊べたのだけれど。
「ユーグリッドエルヴィラ王国第1王子!」
「はいっ」
ヴィレンス公子が眉を吊り上げ、僕の事をとって食べようとでもしているかのような形相で睨みつけてくるので、その勢いに押されて、思わず仰け反ってしまった。
「決闘です! シャイナ姫の夫の座を賭けて!」
何をいきなり言い出すのかと思えば。
レギウス共和国の方なら、朝から決闘するのが一般的なのかもしれないけれど――そんな話は聞いたこともないけれど――それともトルメリア公国では朝から決闘を申し込むのが流行っているのだろうか。あるいはそういった戒律の宗教なのか。
それにしても、夫の座を賭けてって、シャイナの気持ちを無視して、僕達だけで勝手に決められることではないと思うのだけれど。それに関しては僕も他人の事は言えないけれど。
「ほう。何だか面白そうな話をしているな」
メギド国王様が、楽し気に目を細めて、顎に手をかけられる。
いや、メギド様。面白そうとかではなく、止めてください。
シャイナは我関せずとでもいうように、静かに席から立ち上がった。
「シャイナ。どこへ行くの?」
「部屋に戻ります。ヴァイオリンの練習をしたいので」
ファラリッサ様の制止を躱そうとしたシャイナの手を、ファラリッサ様が捕まえられる。
「まあいいじゃない。一緒に見に行きましょう。ね? クリストフもお姉様と一緒に見に行きたいわよね?」
クリストフ様は良く状況が飲み込めていないような、ポカンとした表情を浮かべていたけれど、ファラリッサ様に肩を抱かれると、こくりと首を縦に振られた。
シャイナがため息をつく。
「分かりました。私も参ります」
「ねえ、シャイナはどっちに勝って欲しいの?」
シェリスがシャイナに駆け寄って、手を後ろに組みながら楽しそうにシャイナの顔を覗き込んだ。
2人が連れ立って、会話を弾ませながら庭へ向かったのに続いて、ファラリッサ様とクリストフ様が食室を後にされる。
「では、私が審判を務めよう。騎士団の舎へ寄ってから行くので、2人は先に中庭に出ていて欲しい」
「分かりました」
メギド国王様の言葉に従って、ヴィレンス公子が引き締まった表情でファラリッサ様の後を追われる。
「なんだか大変なことになってしまったなあ」
シャイナをデートに誘っただけだというのに。
一回り程年下の男の子と決闘することになるなんて。
もちろん、手を抜くつもりはない。
しかし、それはそれで、大人げないというか、でも、シャイナの関わることで、全力を出さないわけにはいかないし。
どうしたものかと考えているうちに、中庭についてしまっていた。
正面には、こちらを睨みつけているヴィレンス公子。
おそらくは武器などよりも魔法の方が得意なのであろう。何もそれらしきものは持っていない、丸腰だった。
もちろん、僕も武器などは下げていない。というよりも、今は馬車の中に置いてきてあって、城内には持ち込んだりしていない。
そもそも僕も、どちらかといえば魔法を使う方が得意なので、不要だったということもあるけれど。
「降参、あるいは私がそれ以上の続行は危険だと判断した場合には決着とする。どのような手段をとっても構わないが、決闘の精神に反しない事」
正々堂々でも、卑怯旋盤でも構わない。とにかく、自分が勝ったと思える方法で、という事だろう。
そのくらいのハンデはあってもいいかもしれない。
その方法だと、僕は勝利条件の達成が、僕自身によるものは非常に困難なので、相手に降参を認めさせるしかないのだけれど。何せ、どうしたところで、大人げない事をしているという考えがぬぐえないからだ。
決闘ではなく、もっと平和的な解決方法があったかもしれない。
しかし、僕達はそれを選択したりはしなかっただろう。
僕も、それからヴィレンス公子も、普通の男の子だったということだ。
侮っているわけではない。けれど、自信はある。物心ついたときからセキア先生や、サーモルド騎士団長を含むお城の騎士団の皆さんに鍛えていただいているという経験ならば。
「双方、準備はよろしいか? では、始め」
ヴィレンス公子と、続いて僕が頷くと、メギド国王様が開始、と手を振り上げられた。




