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男の戦いの始まり 3

「シャイナ様、クリストフ様とヴィレンス・ヴァルファーレトルメリア公子様はこちらにいらっしゃいます」


 案内されたのはシャイナの部屋だった。

 メギド様は、シャイナはテラスにいるとおっしゃっていたから、時間的に考えても、2人でお茶でもしているのかもしれない。

 しばらくお待ちいただけますでしょうかと問われ、僕とシェリスが扉のすぐ外で待っていると、ご許可をいただけましたと部屋に入れてくださった。

 

「シャイナ様。お客様をお通し致しました」


「ありがとうございます、エリザ。ごきげんよう、ユーグリッド‥‥‥様」


 向かい合って座っていた真っ白な椅子から、細く滑らかな銀の髪を揺らして立ち上がったシャイナは、紫水晶の瞳を大きく見開いた。

 どうとははっきり言えないけれど、どことなく焦っているような、そんな印象を受ける。

 以前、シェリスの服を直していた僕に遭遇したときとは違う、けれど似たような表情だ。

 でも僕は今、別にシェリスと手を繋いでいるわけでもないのだし、仮にそうであったとしても、特に気にする必要のある状況だとは思えなかった。


「ごきげんよう、シャイナ。今日もとっても可愛いね。お花畑の妖精さんみたいだよ」


 テラスの向こう側には綺麗に咲き誇る薄紫の花が風に揺れているのが見渡せる。たしかに、のんびりとお茶を楽しみながら眺めたくなるような光景だ。

 深い青色を基調とした、襟元から肩口にかけて白いフリルのついたドレスを纏ったシャイナの頬が少し赤みを帯びる。いつもなら、こんな風にあからさまに照れるようなことはないのだけれど、一体今日はどうしたというのだろうか?


「あなたが『ユーグリッド様』でいらっしゃいますか?」


 シャイナの少し後方から椅子を引くような音と共に声が掛けられた。

 まだ幼さの残る、高い声。

 シャイナから視線を外して顔を向けると、シャイナやシェリスよりもわずかに背の高い、黒い髪に黒い目の男の子が僕の方へと厳しい視線を向けてきていた。


「初めまして、ヴィレンス公子。ユーグリッド・フリューリンクです」


 他に人はいないので、おそらくこの少年がヴィレンス・ヴァルファーレ公子で間違いないのだろう。

 同じパーティーか何かに出席していたことはあったかもしれないけれど、僕の記憶違いでなければ、こうして顔を合わせて挨拶をさせてもらうのは初めてのはずだ。だというのに、いっそのこと、敵意といってもいいほどの感情を向けられるのは一体どういうことなのか。


「ヴィレンス・ヴァルファーレです」


 端的に、こちらの事が気に入らないとまではいかないけれど、警戒していることが丸わかりな態度で、そっけなく名前だけを告げられた。

 シャイナとはすでに挨拶を済ませているのだろうし、この場では挨拶を済ませていないのは、ヴィレンス公子とシェリスだけだ。順番からいえば、次はシェリスが挨拶をするはずだったのだけれど。


「ユーグリッド王子。僕、あなたには負けませんから」


「えっ」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 初対面で、いきなり宣戦布告をされたところで、一体何のことなのか分かろうはずもない。

 そう、ヴィレンス公子がシャイナの手をぎゅっと握らなければ。


「そんなに可愛い恋人のいるあなたには、絶対負けたりしませんから」


 ヴィレンス公子は僕に向かってはっきりと言いきった。その瞳に宿る光は、本気だった。


「えっと、僕にはまだ恋人はいないけれど……」


「愛の言葉を届けに来るのに、他の恋人を連れてくるなんて……えっ? 恋人はいない?」


 毒気を抜かれたように、きょとんとしたようなヴィレンス公子の瞳が、何度も瞬かれながら、僕とシェリスを往復する。


「お兄様。この子、いい子じゃない」


 シェリスがとても嬉しそうな顔で微笑み、対称にシャイナの眉がわずかに上がったような気がする。

 それにしても、シェリス、この子って。おそらく、シェリスとそんなに年齢は変わらない、むしろ年上かもしれない公子様を相手に、良いのだろうか。


「お兄様って……」


 目を瞬かせるヴィレンス公子に、シェリスが優雅にカーテンシーを披露する。

 この妹は、基本的に初対面の相手というか、パーティーなどで会うような相手には、猫を被ったと言うと聞こえが悪いかもしれないけれど、言ってしまえば『エルヴィラ王国の第1王女』として接する。

 けれど、どこが気に入ったのか、今ヴィレンス公子に向けている笑顔は大分自然なものだった。


「初めまして。エルヴィラ王国第1王女、シェリス・フリューリンクです。よろしくお願いしますね、ヴィレンス公子。どうぞ、私の事はシェリスとお呼びください」


 言いながらシェリスがヴィレンス公子の、シャイナと繋いでいない方の手を握ると、ヴィレンス公子の顔にさっと赤みが差した。

 シェリスは随分と楽しそうで、どうやら大分ヴィレンス公子の事が気に入ったらしい。とはいっても、恋愛的なものではないけれど。

 

「よ、よろしくお願いします、シェリス姫」


 是非、トルメリアのことをお聞かせくださいませんか、などと言いながら、シェリスがヴィレンスの手を引いて、テラスの方へと出て行く。後には僕とシャイナだけが残された。


「あの、ユーグリッド様。私、ヴィレンス公子とは、紅茶を飲んで、お菓子をいただいて、お話をしていただけですから」


 大変珍しいことに、といっても、僕もそれほどシャイナの事を知っているわけではないのだけれど、シャイナはぎゅっと胸の前で両手に握り拳を作りながら、少し焦ったように早口で言い切った。


「うん。それがどうかしたの、シャイナ?」


 お客人がいらしていたのなら、それも同年齢くらいの子供ならば、シャイナがおもてなしをするのは当然だと思うけれど。

 もちろん、やきもちは焼いたけれど、それをシャイナに告げてもいないし、シャイナもそんなことを気にしてはいないと思っていたけれど。


「えっ? そ、そうですよね。私は何で……」


 どうしてそんなことを言ってしまったのか分からないという様に、シャイナは考え込んで黙り込んでしまった。

 もしかしてと、願望のような心当たりはあるけれど、まさかそれをシャイナ本人に告げるわけにもいかないし、違っていたときには相当恥ずかしい。無自覚ではなく、シャイナがはっきりと自覚してくれる時があればだけれど、その時まで待っていた方が賢明かもしれない。


「シェリスとヴィレンス公子が待っていますから、僕達も参りませんか」


 ヴィレンス公子に対抗するわけではないけれど――全くその気持ちがなかったわけでもないのだけれど――僕が差し出した手をシャイナは静かにとってくれた。


 

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