男の戦いの始まり
「え? 今シャイナはこちらに居ないんですか?」
クリストフ様が生まれてから、それからシャイナへの襲撃未遂があってから2年が経った。
あの件で落ち着きというか、一応の説得は出来たのか、エルヴィラでの派閥間の争いは目立った動きを見せていない。少なくとも、僕やシェリスも、それからファラリッサ様にもお尋ねしたところでは、シャイナやクリストフ様の方でも、事件があったりという話は聞いていない。
未遂とはいえ、あの事件があったことは、もちろんアルデンシアにいらっしゃるファラリッサ様とメギド様にはご報告した。うちの両親とは違い、実の娘が狙われるようなことになったのだ。それを黙っていられるはずはなかった。
勿論、とても驚かれたし、心配もされた。
僕は自分のことを過信してはいないつもりだけれど、それでも国民、あるいは仕えてくださっている家臣の方を説得できるだけの実力を示すことが出来ていなかったことは事実だった。
けれど、予想に反して、メギド様やファラリッサ様から叱責されたり、見放されるようなことはなく、むしろ、助けていただいてと感謝までされてしまった。
そしてファラリッサ様からは、これからもシャイナと仲良くしていただけると嬉しいですとのお墨付きまでいただいて、それからも今まで通り、月に1回くらいのペースで、たまにははシェリスも一緒に、アルデンシアまで遊びに来るような関係は続けていた。
そんなわけで、今日もアルデンシアまで遊びに飛んできたのだけれど。
「すみません、ユースティア様。シャイナは今、トルメニア公国に招待されているのです」
トルメニア公国。
エルヴィラとはアルデンシアを挟んだ東に位置していて、300年ほど前に建国されたらしい、歴史は浅い代わりにどの国からも積極的に文化を吸収しようと大きく力をつけてきている国だ。
それで、今回は5年ごとの大祭ということで、芸術の大家であるアルデンシア王国の、噂に聞こえる銀の姫君の演奏を聴きたいと、是非にと招待されたらしい。
「私もついてゆこうと思っていたのですけれど、私ももう12歳ですからお母様はクリストフの相手をしていてくださいと断られてしまって」
ファラリッサ様は、嬉しそうな、それでいて寂しそうなお顔でそうおしゃられた。
シャイナの成長は嬉しいけれど、ご自分の手元を離れてゆくのはやはり寂しいという事だろうか。
クリストフ様はこの夏に2歳になられたはずだ。シャイナも初めて国外へ出たのは9歳か、10歳になりたてくらいの年齢だった。メギド様は案外過保護なのかもしれないし、それはメギド様に限ったことではなく、父親とはそういうものなのかもしれない。
ごめんなさいと謝られるファラリッサ様に、お気になさらずと声をお掛けして、一緒にお茶菓子をごちそうになった。
あと7日もすれば帰ってくるという事だったので、またその時に訪ねて来ても良いですかと尋ねると、ファラリッサ様は、花が綻んだような、とても嬉しそうなお顔で、是非いらしてくださいとおっしゃってくださった。
◇ ◇ ◇
誕生日には流石に戻っているだろうと予想して、秋の第2月であるエルーカに、シェリスと一緒に――馬車で――シャイナのお祝いのためにアルデンシアを訪れた。
もちろん、例年に洩れず、アルデンシアでももうすぐ降誕祭がおこなわれるので、できたらまた一緒に回れたらなあとも期待していたりする。
「兄様。ちょっと緩み過ぎじゃないかしら。シャイナに久しぶりに会うからって、もっとシャキッとしないとだめよ」
自分ではきっちりしているつもりだったのだけれど、妹からしてみれば許容できないほど兄としての体裁も保てていなかったらしい。
シェリスも、初めて会った時の喧嘩腰とも思える態度が嘘であるかのように、シャイナとは交流を深めていて、シャイナがエルヴィラまで尋ねて来てくれた時には――滅多にないのだけれど――女の子同士の秘密の話があるからと、僕をのけ者にすることがあるくらいには仲良くなっている。
「そんなんだとシャイナに愛想をつかされちゃうわよ。まあ、そうしたら、仕方がないから私が慰めてあげてもいいけれど」
シャイナに愛想をつかされる。
やはり、毎月のように会いに来ているのは重かったのだろうか。
「だ、大丈夫よ、兄様。冗談よ」
思わずため息をついてしまうと、シェリスが慌て気味にフォローを入れてくれた。
「ありがとう、シェリス。でも、大丈夫だよ。シャイナにあまり相手にされていないのはいつもの事だから」
自分で言っていても悲しくなるけれど。
まあ、それでも出会った頃よりは心を開いてくれているのではないかと、最近では思っていないこともない。
「自信を持って、兄様。私の口からは言えないけれど、シャイナだって兄様の事を何とも思っていないことはないわよ」
「そうかな」
そんな話をしながら馬車に揺られ、アルデンシアのお城に到着すると、僕達の他にもお客人がいるようで、見事な黒塗りの馬車が1台、止まっているのが分かった。
扉にある紋様は――
「……これ、トルメニア公国の紋章よね」
馬車から飛び降りるようなことはせず、僕の手をとってくれたシェリスが、宝石のように綺麗な翠の目をスッと細めて、整った顎に指をかける。
紋章入りの馬車を使用するところは限られている。
貴族の方が持っている馬車に入っていることが多いのはそれぞれの家紋だし、普通の寄り合いの馬車には紋章や、こんなに見事な装飾は施されてはいない。
何となく心がざわつくような感じがしながら、僕とシェリスはメイドさんにメギド様とファラリッサ様がいらっしゃる玉座の間に案内していただいた。




