デート 5
今更だけれど、こんな風に襲撃しておいて、騎士道とは一体何なのかと小1時間ほど問い詰めたい気分だった。
レギウス王国は武力を重んじる国だということがイメージとして広く浸透しているけれど、本質的には騎士道の国なのではないかと、あちらの国の文献を読んでいると思えてくる。
レギウス王国の騎士団が血気盛んなことは確かだし、かの国の冒険者を生業としている人達は、探検や発掘、調査、護衛等よりも、狩り––素材等の入手に成果が偏っているという情報もある。
しかし仮にも、個人ではなく国を語るつもりならば、そのことがどのような事態を招くのか、もう少し考えて欲しかった。
「一応、最終通告だけはしておくよ。君たちがやっているこの襲撃は、著しく騎士道精神からは外れるものであって、そこには高潔な魂もなく、残念ながらかなり卑怯な手段であると言わざるを得ない。そのことは十分に検討したうえでのことなんだよね」
それならば仕方がない。
そこが彼らのどうしても譲れないものだというのならば、僕の譲れないものは、今僕の背中にある。
「ああ、とりあえず、1つは安心していいよ。これは君たちの独断であって、レギウス王国の方達は一切関係がないと、僕が証言しよう。もちろん、君たちの中にレギウス王国の方と繋がっている人が居た場合には、どうするか分からないけれど」
幾人かが、たとえば隣を向くなどといったような愚は犯さないまでも、わずかに肩を揺らしたり、手に持つ武器を握り直していたりしていた。
それにしても、全部で8人か。
探索魔法も使ってはみたけれど、伏兵はおらず、今馬車を包囲している彼らが全員のようだ。
「僕も甘く見られたものだな」
しかし今に限って言えば都合が良い。
シャイナと、それから御者さんに、万に一つでも怪我など負わせるわけにもいかないし、不安を残すような勝ち方でもいけない。こんな程度の事は何でもない事なのだと示さなくてはならない。
今回のような形ではなくとも、国家の派閥に関することではなくとも、こうして僕とシャイナの前には幾多の困難が待ち受けているかもしれない。
しかし、そんなものは困難でも何でもないのだと、あっさりと証明する必要がある。
ここで僕が怪我でもお負うものなら、たとえ治癒の魔法で怪我を治し、縫製して服の方を直したとしても、不要な心配をさせてしまうかもしれない。
僕には女の子に心配をかけて、涙を流させて喜ぶような特殊な趣味は持ち合わせていないから、彼女たちを悲しませるような真似は絶対に出来ない。
だから––
「えっ––」
こちらへ、じりじりと包囲を狭めるように迫ってきていた彼らへ向かって、逆に距離を詰める。
僕は肉体の運動能力だけではなく、加速の魔法も併用している。
彼らも油断はしていなかったのだろうけれど、心構えがなっていない。
ある程度の抵抗は予想していても、僕が積極的にが反撃に出るなどとは思ってもいなかったのだろう。相手の反撃など、考える余地もないほどに、作戦として組み込んでおく必要がある、という以前の問題だ。
彼らが行動を起こす前に、具体的には手にした剣を振りぬく前に、1人目の鳩尾に正確に肘を入れる。当たりどころが悪ければ死んでいたかもしれないけれど、今の彼は、こう言っては失礼だけれど、結構不摂生な身体をしていたので、おそらくは大丈夫だろう。命に別状があるとか、治癒不能などということにはならないだろう。
すぐさま反転し、2人目の手に構えられていた剣を掠め取る。
毎日稽古をつけてくれているお城の騎士団の方とは、申し訳ないけれど、練度が全く違う。もちろんここで言っているのは、騎士団の方ならば、大よそこのような事になった場合に、こうもあっさり自身の得物を奪われたりはしないだろうということだ。
呆気にとられた彼が予備の武器を取り出す前に、腕をとり、足を払って、背負い投げ、地面に叩きつけて気絶させる。
床ではなく地面なので危険だなどとは言っていられない。
訓練の時とは当然違って、彼らは防具などを身につけてはいたけれど、その程度、僕にとっては大した問題にはならなかった。
なんせこちらは命が掛かっているからね。
もちろん僕もそうだけれど、それ以上にシャイナと、御者の方の。
「なっ」
魔法で位置を固定させながら、手で挟み込むような形で剣を受け止めると、そのまま捻じって、彼らの手から引きはがし、投げ捨てると同時に、武器を奪われたことで無防備になっている彼の意識を奪うのは簡単だった。
目を瞬かせながらポカンと口をパクパクさせていたので、魔法を使うのも容易すい。
意識がある状態では、こういった非殺傷的な使い方をする魔法はかかりにくいことがあるのだけれど。例えば、今のように、興奮した相手に眠りへ誘う魔法をかけるというのは。
「問題は彼らをどうするかだけれど……」
地面に倒れ伏し、意識を失っている彼らを見つめながら考える。
紙があれば、状況をメモして、それをギルドまで飛ばすことが出来るので、以降の処理を受け持ってもらえるだろうけれど、僕は生憎、今、筆記できるような道具を持ち合わせていなかった。
しばらくは起きることはないだろうとはいえ、自分を襲った相手を同じ馬車に乗せるというのは、僕は良くても、シャイナはあまり落ち着いては居られないだろう。
「ユーグリッド様」
そう思っていたのだけれど、シャイナはやはり落ち着いていた。
「私の事はお気になさらないでください。今重要なのは時間との勝負であるはずです。シェリス姫のお腹と背中がくっついてしまう前にはお城へ戻らなくてはならないのでしょう?」
「ごめんね、シャイナ」
馬車の荷台に積んであった荷物を括るためと思われる紐で、彼らをしっかりと縛り終えると、そのまま荷台に寝かせた。
「ユーグリッド様。シャイナ姫様。この方達は私が責任を持ってギルドへ届けてまいります。ですので、おふたりは先にお城へと戻られて下さい。代わりの馬車はすぐに呼び止めて参りますので」
御者の方にそう言われて、僕とシャイナは顔を見合わせた。
「ついてゆきますよ。説明もしなくてはならないでしょうから」
「私も参ります。ユーグリッド様と2人きりでは……危険ですから」
それは僕が襲うかもしれないと思っているという事だろうか。
まあ、今はそう思われていてもいいかもしれない。なぜなら、言葉とは裏腹に、シャイナの顔が何だか嬉しそうに見えていたからだ。
「シャイナ。今日のお出かけはどうだったかな。僕は君を楽しませることが出来ただろうか?」
「お礼は先ほども申し上げたはずですよ」
シャイナは今まで見たことのない、嬉しそうというか、楽しそうというか、そんな表情をしていて、結果は分かったのだけれど、何となくそれだけではないような––良い感情には間違いなさそうだったけれど––不思議な雰囲気を纏っていた。




