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デート 2

 シャイナは僕が思っていたよりもずっと真面目だった。

 子供向けの玩具などを取り扱っているお店には、もちろん色々と綺麗な双六も置いてあったのだけれど、残念ながら、ショーケースに入れて飾ってあるような綺麗なものは全てエルヴィラのお城にもあるものばかりだった。

 定期的には版が改められるらしいのだけれど、タイミングが良くなかったらしい。


「こっちはシャイナよりは対象年齢が上だしなあ」


 シェリスの持っているような恋愛双六にも色々と種類があって、シェリスの持っている物は全年齢版のものだけれど、お店に置いてあったものは僕と同じくらい、シャイナやシェリスよりも一回り程対象年齢が上のものだった。


「別に良いのではありませんか。対象年齢と言うのは適した年齢というだけのことで、使ってはならないという事ではないのでしょう?」


「まあ、シャイナがそういうのならいいけれど……中身はこんな感じになっているんだよ」


 失礼しますと断って、少しだけ中身を覗かせて貰う。

 ああ、やっぱりね。

 双六と言ったら、大体、止まったマス目の指示に従ってやるものだけれど、どちらかと言うと大人向け、それも大人の恋人とか夫婦向けのそれは、ちょっと子供には見せられないような内容のマスである比率が高くなっているのだ。もっと直接的なものだと、まあ、うん、子供の見えるところに飾っておいても良いものかというようなものまである。

 案の定、にやにやとした笑顔を浮かべるおかみさんの目の前で箱を開けて中身を取り出し、マス目に目を走らせたシャイナの顔は、見る見るうちに真っ赤に染まっていった。


「な、何ですかこれは! ユーグリッド様はこんなものを私と一緒にやりたいと……それに、このようなものをシェリス姫となさっているのですか!」


 シャイナが––普段よりも少しだけ––大きな声を上げて僕の事を睨みつける。


「いやいや、待って待って、シャイナ。僕がシェリスとやっているのは違う、別のやつだよ」


 こんな、恋人同士がやるようなものを––似たようなものかもしれないけれど––シェリスとなんてやっているはずもない。

 マス目に書いてある指示なのだから、駒同士にやらせれば良いだろうという人もいるかもしれないけれど、大抵、恋愛双六をする大人は、駒同士などではなく、本人たちがその指示に従って、例えばキスをしたり、甘い言葉を囁いたり、あるいはそれ以上の何かをしたりするものだ。


「こんなことを、よくも恥ずかしげもなくできますね」


 シャイナはまだ赤い顔のまま、じっと双六を見つめていた。

 しかもこの双六。ベストセラーであり、最新のものでは第6版くらいにまでなっている。ちなみに、このお店に置いてあったのは、第4版、第5版で、第6版は置いていなかった。


「多分、大人になったら恥ずかしくなくなるんじゃないかなあ。父様と母様も、僕達が見ていてもキスしていたり、じゃれ合っていたりしているけれど、シャイナは僕とキスしてはくれないだろう?」


「誰が見ていても、見ていなくとも関係ありません。そのような事、お付き合いして恋人になるか、結婚するまで、出来るはずないではないですか」


 じゃあ、今すぐ僕の恋人になってよと告白したら、いつものようにクールにお断りしますと言われてしまった。


「あっはっは。形無しだねえ、うちの王子様も」


 お店の美人な女主人のグリセラさんが面白そうに顔を歪めて大声を出される。

 黒くて長い髪を綺麗に結い上げていて、長袖の濃い色のシャツの上からなんらかのロゴの入った白いエプロンをつけていらっしゃる。

 

「そっちの可愛い子はどこのお姫様なんだい?」


 お姫様と言われて、シャイナが少し警戒したような目を向ける。


「シャイナ。心配しなくても、今のは軽い挨拶代わりだから。そんなにシャイナの情報が出回っているわけじゃないよ」


 僕としては、出回ってくれた方が、周囲の目が向けられて危険が少なくなるだろうという事と、もう1つ、別の理由から、都合が良いとは思っているけれど。

 もっとも、もう1つの理由に関しては、男としてみっともないというか、あまり納得いかない部分があるので、知られたくはないというか、取りたくない手段に関することなんだけれどね。


「……ふーん。まあ、王子様がついているなら大丈夫だとは思うけれど、油断はしないことだね」


「……何かご存知なのですか?」


 そんな雰囲気だったので尋ねてみると、グリセラさんは肩をすくめられた。


「うんにゃ。何となくね。態度とか、雰囲気とかが、ね。こう見えても私はあんた達よりはずっと長く生きてるからね。そんなに心配しなくても、私は企んだりしてないよ」


 こう見えてもとご自身でおっしゃられたように、外見は20台後半かそこらにしか見えないけれど、おそらく実年齢はもっと上でいらっしゃるのだろう。もちろん、尋ねたりはしないけれど。

 僕はグリセラさんとじっと目を合わせていたけれど、残念ながらそれ以上の情報はくださらないらしく、何も読み取ることは出来なかった。


「ご忠告、感謝いたします。それから、あまり不用意な事をシャイナの前でお話にならないでくださいね」


「わかったよ」


 僕の言も余計だったかもしれない。

 現に、シャイナが訝しむような顔を向けてきていた。


「ちょっと待ってな。たしか、この辺りに……あったあった、不安にさせたお詫びにね」


 グリセラさんが手渡してくださったのは、可愛らしい、男の子と女の子の1対の人形だった。


「ジェインとエレナの人形でね。知ってるとは思うけど『ファーレン聖王国シリーズ』の主人公とヒロインだよ」


 ファーレン聖王国シリーズ。

 大陸全土で翻訳され、数億部を突破している大ベストセラーの小説で、おそらくこのエルヴィラでも知らない者はいないだろうという、大恋愛物語だ。

 別の世界から、エレナの呼びかけに応えてやってきたジェインが、数多の困難と試練を乗り越えて、結ばれるという、王道と言えば王道のストーリーなのだけれど、それだけに子供から大人まで、多くの人に愛されている、ロマンスの代名詞とも呼ばれている小説だ。もちろん、エルヴィラのお城の図書室にも置いてある。


「その双六をやるなら丁度いいだろ。もちろん、買ってくんだろう?」


 お詫びと言いつつ、しっかりと人形の代金まで請求され、気を付けるんだよと送り出されたすぐ後、お店の前で、呼び止められた。


「あの子だろう。アルデンシアのお姫様っていうのは」


「よくご存じで……いえ、そういった噂がすでに流れているということですか」


 可愛い子だねえ、とおっしゃられながらも、グリセラさんの瞳は真剣だった。


「十分に分かっております」


「なら良し。しっかりするんだよ。あの子––シャイナ姫のことも、シェリス姫のことも、それから、あんた自身の事もね」


 心配してくださったグリセラさんに深く頭を下げると、数歩先にいたシャイナに追いついてしっかりと手を繋いだ。


 

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