結婚の報告やらその周辺の事
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僕が目を覚ました翌日、シャイナとクリストフ様は1度、アルデンシアまで戻ることになった。メギド様とファラリッサ様に報告しに行くのだという。
僕は正味半日ほどシャイナと久しぶりに顔を合わせただけだけれど、シャイナとクリストフ様はカナル侯爵家の騒動の後もずっと、僕が目を覚ますまでエルヴィラに滞在していたのだ。少し寂しいけれど、仕方のないことだろう。
それに、エルヴィラとアルデンシアで離れ離れになっていても、きっと心は離れない。
何故そう思うのかと聞かれてもうまく説明できないけれど、心の奥でそう思えるとしか。
けれど、それとは別に。
「それって、僕もついていった方が良いのかな?」
もう10年ほどもずっとシャイナに結婚を申し込みにアルデンシアを訪れていて、あちらのお城の方にはすっかり恒例行事のように思われているかもしれないけれど、今回は本当に結婚の報告に行くのだ。先日まで流れていた婚約したらしいという噂とは違う。
メギド様とファラリッサ様に、何より僕が報告しにゆきたいと、そう思っていたのだけれど。
「ユーグリッド様はまだお休みになっていらしてください。昨日お目を覚まされたばかりなのですから」
シャイナは少し過保護すぎると思う。
心配してくれるのは嬉しいけれど、もうすっかり元気なのだし。
「いえ。ユーグリッド様はこちらでお待ちください」
シャイナは頑としてその意見を変えようとはしなかった。
「もしかして、メギド様の事を気にしているの? 大丈夫だよ。ちゃんとシャイナをくださいって真摯にお願いしにゆくつもりだから」
しかし、シャイナの考えている事とは違ったらしい。
どうやら僕が本当に分かっていないと判断すると、シャイナは仕方ない人を見るような、困った子供に言い聞かせるような顔でため息をついた。
「いいえ。そうではありません。本当にお心当たりがないのですか? これからこちらをお訪ねになるであろう方に」
僕を訪ねて誰かが来る?
「兄様。知らないふりは結構よ。シャイナと兄様が結婚する事、今までの噂ではなくて、本当に結婚するということを、報告しなくちゃいけない人がいるでしょう」
なんだろう。シェリスの視線と言葉の節から棘を感じる。
「シャイナもずっと前から兄様の事を気にしていたけれど、それを認めてはいなかった。少なくとも表面上は。だからという訳でもないのだけれど――それは関係なかったと私は思っているけれど――兄様たちの気持ちを承知のうえで、それでも思いを伝えてくれた人たちがいたでしょう?」
「……そうだね」
こちらもはっきりとけじめをつけなくてはいけない。
本当は僕の方から出向いて謝る……いや、それでは彼女たちに対する侮辱になってしまう。
シャイナとシェリスの女性陣が言うのだから、ほぼ確実に彼女たちはエルヴィラまで訪ねて来るのだろう。
「兄様ならそうおっしゃるだろうと思って、兄様が目を覚ましてすぐ、2人には手紙を飛ばしておいたわ。だから、近日中にこっちに来ると思うわよ」
早い。相変わらず僕の妹は色々と優秀だった。とくにこっちの、僕の色恋沙汰方面に関して。
というより、すでに飛ばしておいたって……まあ、結果的には良かったのだけれど。
色々と言いたいことは思い浮かんだけれど、でも、今から飛んで伝えに行けば良いか、なんてのんびり考えていた僕の代わりにすでに伝達していてくれたのだから、感謝こそすれ、文句、いや、口を出す権利は僕にはないだろう。
それはそうと。
「自分の事にもそのくらい積極的になればいいのに……」
「兄様? 何か言った?」
「いいや、何にも」
どうやらシェリスの恋はまだ先の事らしい。
でも、シェリスの頬はわずかに赤くなっていたから、もしかしたら僕が感じているほど遠くはないのかもしれない。父様には悪いけれど。
「それに、ユーグリッド様には戴冠式の準備もお忙しいでしょうから」
シャイナと結婚するということは、即ち、父様から位を受け継ぐということだ。
王族は、子孫を多く残すためにも早期の結婚が望まれていて、結婚式の後にはすぐに戴冠式が行われる。すくなくともエルヴィラではそう言われているし、そうなっている。
これは、早いうち、先代がまだ元気であるうちに位を継がせることで、新王の補佐をしやすくするためらしい。
ということにはなっているけれど、もちろんそんなことが建前であり、それまで国政やら何やらで忙しかった、城に拘束されていたともいえる前任者が、自分の奥さんと一緒に、旅行やら何やら、何の束縛もなく自由に遊びまわりたいがための口実だということは、この国の王族に関わる人ならば誰でも知っている。
「そうだね。シャイナの花嫁のドレスも僕が準備しておくよ」
それから指輪も揃えなくてはいけないし、引継ぎの書類にサインをしなくてはならない。人事は……多分問題なさそうだけれど。
そう考えると、結婚に際して、前にも後にも、やるべきことは山積みで、もちろんそれらをシャイナに押し付けるわけにはゆかないので、のんきにアルデンシアまで出かけている暇なんてありはしなかった。
「これからは本当に義兄様とお呼びできますね。ユーグリッド義兄様。姉様の事は僕たちが必ず無事に送って、そして連れて戻ってきますから」
クリストフ様が視線を向けると、フェイさんが静かに頭を下げていらした。
「よろしくお願いします」
僕が言うのも変だけれど。
そして僕に言われるまでもないことだろう。
「じゃあ、シャイナ、気を付けて」
白銀の馬車の窓から伸ばされたシャイナの手を握る。
「ユーグリッド様も、今度は倒れたりなさらないでくださいね。倒れるような事もなさらないでくださいね」
名残惜しいけれど、大丈夫。すぐにまた会える。
僕とシャイナはどちらからともなく手を離し、再会を願って互いの頬にキスを交わした。




