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正しい扉

 彼女たちについてゆくと、森の中に建つ館に案内された。

 鮮やかな緑に囲まれる館には、眩しく光が降り注ぎ、汚れのない綺麗な壁が反射していた。庭園の木や花も手入れが行き届いているようで、きらきらと水滴が輝いている。

 誰が住んでいるのか、門の高さは僕に丁度良く、建物の大きさから判断するに、館の主はこの女の子たちだということはないのだろうけれど。

 見事な庭に見惚れていると、ひらひらと戻ってきた女の子たちが先程と同じように「こっちなのー」と僕の指を引く。

 彼女たちに導かれて歩く館の中には部屋がいくつもあり、閉じられた扉の上には金のプレートで何やら文字らしきものが浮き彫りにされていたけれど、生憎と僕に読むことの出来る言語ではなかった。

 というよりも、その文字列らしきものを今までに見た記憶はなく、おそらくは僕たちの世界の言語ではないのだろう。解読しようにも手掛かりになりそうなものはなく、きっと女の子たちに尋ねてみても教えてはくれないのだろうな。教えてくれるのならば、こんな風にして僕を試すようなことをする意味なんてないわけだし。

 どうせ読めないのなら気負う必要はない。おそらく、この扉のうちのどれか1つがシャイナの想いの先へ、正確には戻るべき僕の身体へと繋がっているのだろう。

 無限に続く廊下に並ぶ、無限の扉。

 おそらく1つ1つがどこかの誰かの想いと繋がっているのだろう。


「どれでも好きなところを選んでいいのー」


「どれでも1つだけ、1度だけ開くことが出来るのー」


 もとより、数をこなせばいいとは考えていない。

 どれか1つが僕の身体へとリンクしているというのなら、他の扉は別の誰かと繋がっているはずで、間違えてしまったら、それは大変なことになるだろう。そして、僕の身体に意識は永遠に戻らなくなってしまう。それは困る。

 だからといって、何の手掛かりもなく、この無数にも思える扉の中からたった1つの正解を探すというのは――


「別にやめてもいいのー」


 女の子たちは、変わらないにこにことした笑顔を浮かべている。


「間違えたらあなただけじゃなくて、他の人にも異常が発生するからー、それはしたくないというのなら、別に私たちは止めないのー」


 好奇心から「異常ってどのような事が起こるのでしょうか?」と尋ねてみたかったけれど、「じゃあ実際に」などとなってしまったらまずいのでやめておいた。

 おそらくそうはならないだろうけれど、この空間で何が起こるのかなんて、僕にはとても正確なことは分かりそうもなかったから。

 聞けば教えてくれるのだろうけれど、それが気になってこの選択を誤っては意味がない。

 そういえば。


「ここへいらした方は過去、僕以前にもいらっしゃったのでしょうか?」


「たくさんいたのー」


「お空の星の数くらいー」


 その人たちは、どうやって正しい扉を見つけて帰ることが出来たのだろう。

 それとも見つけられずに、どうにかなってしまったのか。

 

「その方たちは、無事に見つけられたのでしょうか?」


「帰った人も、帰らなかった人もいたのー」


「帰らなかった人たちは、私たちがお連れするのー。ご案内なのー」


 彼女たちは変わらぬ明るい調子でいるけれど、帰ることの出来なかった人って、それはつまり意識が肉体から完全に切り離されてしまったということで、要するにセラシオーヌ様の御許に召されたということなのだろう。

 今の状態が生と死の境界を彷徨っているような状態と考えれば、当然なのかもしれない。こんな方法で生死を分けられてはたまったものではないけれど、すぐに天に上るわけではなく、チャンスがあるだけマシだろう。

 とにかくこれを乗り越えて、僕が目を覚ますのを待ってくれている現実世界の皆のところへ、シャイナの元へと帰るんだから。

 心の中の最も深いところで、シャイナが思っていてくれているだろう、僕の身体の事を思い浮かべる。 シャイナが手を繋いでくれているなんて(想像だけれど)僕の身体のくせになんて羨ましい奴なんだろう。早く戻って代わらなければ。

 あの手の中は、誰にだって渡したくはない。

 目を瞑ってはっきりと心の内に思い描くと、無数に並ぶ扉の中から、銀色に輝く光の糸と、金色に煌めく光の糸がまっすぐに伸びてきているのが感じられた。

 僕が僕の身体を訪れた際(奇妙な言い回しではあるけれど)隣にいたのはシャイナだけだったみたいだけれど……。

 2本の糸は、くっついたり、寄り合わさったりするのではなく、お互いが我先にと主張し合っている感じで、しかし、反発しあっている様子ではなく、どこか通じ合ってもいるようで。

 

「私が呼んであげているんだから、目を覚まさないなんて許さないわよ」


 と怒られているような、


「お帰りをお待ちしております」


 という一心な想いが伝わってきて。

 2人の顔は簡単に思い浮かんだ。


「随分と心配をかけてしまったみたいだなあ」


 もちろん、2人だけではなく、家族にも、お城の人にも、そしておそらくは、エルヴィラに暮らしていらっしゃる多くの方に。

 こちらですとゆっくり導いてくれるような銀の糸と、手首に巻き付いてきて先へと急かす金の糸とに導かれて辿り着いた扉をそっと手にかける。

 押し開く前に振り返って、ここへ連れてきてくれた女の子たちにお礼を告げる。

 女の子たちは僕が選んだ扉について、やはり何も言ったりはしなかったけれど、相変わらず微笑みをたたえたままこちらを見つめていた。


「ここまで連れてきてくれて、本当にありがとう。セラシオーヌ様にも精一杯の感謝を」


 そう告げると、彼女たちは静かに首を振った。


「セラシオーヌ様が1人に肩入れし過ぎることはないの」


「だからこれは、あなたが、あなた達が、自分で掴んだことなの」


 僕が掴んだんじゃなくて、僕は掴ませてもらった方なんだ。

 それを僕が告げる間もなく、彼女たちは、ねー、と顔を見合わせて笑うと、手を振りながらどこへともなく消えていってしまった。

 また、僕のように彷徨っている別の誰かの元へと訪れたりしているのだろうか。

 その人たちの事も気になるけれど、僕は僕を気にしてくれている人たちのところへ帰らないと。

 扉に触れると、僕が開くまでもなく、勝手に開いて、輝く光の中へと僕は足を進めた。


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