カナル侯爵家 8
「大変失礼いたしました、殿下。しかし、国家反逆などと……そのようなことは一切あり得るはずもないことです。私は、私ほどの愛国心を持ってこの国の行く末を良い方へと望んでいる者もそうはいないだろうと、そのように確信しております」
カナル侯爵はすぐに落ち着きを取り戻され、まるで別人のように、先程と同じような物腰の穏やかな口調でおっしゃられた。
「私だけではございません。先ほど殿下が申されました、ラクリエイン家、及びコントール家の当主も同じく愛国の、そして憂国の志を持った、いわば同朋です」
表情は窺い知ることが出来ないけれど、フェイさんが警戒を強められた、もっと言えば、おそらくは訝しむような視線をカナル侯爵へと向けられているのだろうということが分かった。
「たしかに私たちはそこにあるように蜂起の計画を立てておりました。しかし、それは決してフォルティス様の治世に不満などがあるというわけではないのです」
以前、オーリック公国でもした話になるのだけれど。
彼らの志が本物であるならば、国王様に直奏を申し出れば良い。
「あなた方の望みがどんな形の国家であれ、それは武力に訴えることまでも許容することは出来ません。先日のパーティー会場への襲撃。運良く死傷者、負傷者は出ませんでしたが、出席された方の不安を煽り、混乱させるには十分過ぎたほどです」
「であればこそ、この国には強大な力が必要なのです。他国に侮られないため、大国としての地位を盤石のものとするため、必要なのはアルデンシアと手を取り合い軟弱になることではないのです。大陸に覇を唱えるために必要なのは、確固たる力であり、それを誇示することです。であれば――」
「僕には別に他国を吸収してまでエルヴィラを大きくする意思はありませんよ。父様から、そしてご先祖代々に受け継いできたこの国が、この国に暮らす人誰もが不自由なく暮らすことの出来る国であればよいと、それ以上を望んではいません。強さとは、力とは、単に武力とか、そういった事ではない。そのことはお分かりだと思いますが」
シャイナが――僕の愛する人が強くなることを望み、エルヴィラに暮らす人全員が今のままでは不自由で不満だ、他国からの横暴がひどい、そんな嘆願が出されれば躊躇をしたりはないだろうけれど。
もちろん、現状に全く不満がないわけではない。
「国として力がつくことは良いことだと思います。しかし、力をつけようと思ったのならば、1つの国とだけ親しくしていれば良いということではないのです。あなた方は派閥などを作ってそれぞれが同派閥では協調、他の派閥とは主張の押し付け合いをしていらっしゃいますが、互いの悪いところではなく、互いの良いところを認め合い、協力し合う方が、この国の行く末を考えた際に有益だとは思いませんか?」
僕は、それにシェリスも、エルマーナ皇女とも、ジーナとも、ローティス殿下とも、もちろんシャイナとも、友好な関係を築くことが出来ていると思っている。
以前からずっと言っていることだけれど、どこの国の派閥だと、敵視まではいかずとも、快く思っていないのは、他国ではなく、エルヴィラ国内の、同じエルヴィラという国に暮らす人同士なのだ。(アルデンシアとレギウスに暮らす人たちが互いをどう思っているかなどといったことは、この場では省略させて貰う)
互いにエルヴィラという国を思う心、その根幹の部分が同じであれば、協調し、手を取り合うことは、決して難しくはないはずなのだ。
互いの心情が違う以上、互いの悪い部分ばかりが透けて見えてしまうというのはある程度仕方のないことだとは思うけれど、それは両者に言えることであり、飲み込まなくてはとてもやっていけない事象でもある。
理想を追うのは素晴らしい心がけだし、そうあるべきだというのは分かる。
しかし、自分の価値観だけで、しかもそれを他人に強引に押し付けようと巻き込んでまでするのはいただけない。
「……それが殿下のご意思ですか」
「僕の意思は、僕の想いは国政とは無関係だよ。僕がシャイナと結婚しても、今までと何も――ほとんど何も変わらないはずだ」
たとえ、人間の気持ちを無視して結婚、婚約の関係が結ばれたとしても、いずれにせよ、どこからか、僕がこの国の王族である以上、今の状況のように、何かしらの不満は出るに違いない。
もっとも、たとえどこどこの国の何某かという女性と結ばれれば、国内外問わず、一切の統治に支障なく、と保障されたとしても、僕はシャイナを選ぶけれど。
だからといって、国を捨てるとか、一方を蔑ろにするとか、そういった事では決してない。
「そうですか。ならば、これまでのようです。やはり、私がこの国を強くするしかないようです。殿下にはそれをご覧になっていただければ、きっとお分かりいただけることと思います」
何をするのかと思いきや、カナル侯爵は自らの屋敷の壁を打ち壊し、そっから中空へと身体を躍らせた。
「私がより強く作り変えてみせます」
侯爵はその場で、おそらくは符丁のようなものだったのだろう、右手を頭上に掲げ、大きな花火を打ち出した。
このまま見逃しては、おそらく大変なことになる。今まで静かに行動していたというのに、今、こうして派手なことをしでかしたのには、必ず大きな意味があるはずだ。
「フェイさん。シェリスとシャイナを頼みます」
「殿下。まさか向かわれるおつもりですか」
僕が行くしかないだろう。
今追わなくては姿を隠して潜伏され、また同じような事が起こるかもしれない。
シャイナと結婚するのに多少の面倒事は覚悟していたけれど、あまり巻き込まれ過ぎたくはない。
「それならば私が――」
「フェイさん。勝算はどれほどですか? カナル侯爵を、そしておそらくは集まって来られると思われる同志の方を無力化することに対して」
多くは別動隊の方が制圧していることだろうが、1人、2人と、漏れが全くないとは言い切れない。
フェイさんもここから出るとおっしゃられた以上、空を飛ぶ程度の魔法の心得はあるにせよ、そのまま戦闘に移ったさいに、不安を感じずにはいられない。
ここへ忍び込むために塀を越えた際、フェイさんは身体能力だけで超えて行かれた。
それ自体は素晴らしく、感嘆ものだけれど、僕たちがやったように空を飛んで超えた方が明らかに楽だったはずだ。
それをしなかったということは、極力魔力を温存したかったということ。
使えないということはないのだろうけれど、戦闘をこなせるほどとは思えない。
だからといって、お城の守りを薄くするわけには行かず、そして魔法師団の方を呼んでいたのでは遅すぎる可能性がある。
先の戦闘とも言えない戦闘を見るに、地上では、おそらくこのお屋敷でフェイさんに敵う方はいらっしゃらないだろう。シェリスとシャイナも油断はしないだろうし。
ならば、シャイナとシェリスを任せて、憂いなく、話し合い(あくまでも話し合いだ)に臨むべきだろう。その相手は僕でなくてはならないというのも理由の1つだ。
「シェリスとシャイナに無茶だけはさせないでください」
自分の事を棚上げにした僕は、窓を蹴ってカナル侯爵の後を追った。




