プロローグ 2
◇ ◇ ◇
「では、殿下。是非、よろしくお願いいたします」
何度目か分からない挨拶にいい加減辟易していたけれど、僕が名代として来ている、父様と母様の顔を潰すわけにはいかない。
挨拶に来る方は皆、エルヴィラとの関係を持ちたいことが丸わかりの態度で、そんなことは直接父様に申し付けてくださいとあしらってしまいたかったけれど、そういうわけにもいかず、隣でニコニコとしているシェリスの笑顔だけを糧に乗り切って、ようやくひと段落したところで、僕は溜息をついた。
「まったく。こんな面倒な事、お父様とお母様がすればよかったのよ」
そう口では言いつつも、僕の隣に寄りそうシェリスの頬は緩んでいるように見える。
「仕方ないよ。シェリスが生まれたばかりのころは、2人ともかかりきりで、その間の仕事も勿論きちんとされていたけれど、細々した件が先延ばしになっているみたいだったからね」
「兄様は私が悪いって、そう思っているわけね?」
泣き出してしまいそうな表情になったシェリスを必至でなだめると、冗談よ、と何事もなかったかのような、陽だまりのような表情で僕の事を見つめてきた。
この春に、というよりもつい先日、4歳になったばかりの妹は、兄である僕のひいき目を抜きにしてみても十分に美少女といって差し支えない。
肩甲骨の下辺りまで伸びた、当然枝毛など見つかるはずもない金の絹のような髪も、ミルク色の肌も、大きな翠の瞳も、愛くるしくころころと変わる表情も、きっと見る人の目を惹きつけてやまない事だろう。
「そろそろダンスが始まるみたいよ。兄様。踊りましょう」
今までパーティー会場だったホールが片づけられて、広間になると、辺りから拍手が沸き起こった。
「何?」
シェリスが大人たちの間から、必至に周りを見ようとぴょこぴょこと跳ねているけれど、もちろん、シェリスの身長で届くはずもない。僕にだって見られないのだから。
「昨秋にも紹介したが、4歳になった我が娘、シャイナが此度の演奏を務める」
舞台の上で、獅子の鬣を思わせるような茶色い髪の男性、アルデンシア王国の国王様であるメギド・エルフリーチェ様がおしゃられた名前を聞いたとき、僕は思わずシェリスの手を離してしまった。
そのまま人混みをかき分けながら、舞台へと近づいて、一番前まで進み出る。
「やっぱり、さっきの‥‥‥」
そこに居たのは、先程の、お人形のようにも思われる美貌の女の子だった。
先程は流していた銀の髪を綺麗にまとめ上げていて、ヴァイオリンを持ったまま、メギド国王の紹介の下、柔らかそうな金の髪の王妃様––ファラリッサ様に温かい笑顔で背中を押されながら、ぺこりとお辞儀をしていた。
シャイナ姫のとても4歳とは思えない演奏に、ある人はうっとりとした様子で聞き惚れ、ある人達は楽しそうにダンスを始めている。
「兄様––」
シェリスが僕の服の裾を、普段の妹からは信じられないほどに弱弱しく摘んで引っ張っていたけれど、僕は彼女の演奏する姿から目を離すことが出来ずにいた。
「娘の、シャイナの事がどうかされましたでしょうか?」
いつの間にやら舞台から降りていらしていたファラリッサ王妃に声をかけられて、僕はビックリしていたけれど、シャイナ姫から目を離し、丁寧にお辞儀をして、膝をつき、差し出してくださった手に口づける格好をとった。
「あら。エルヴィラの王子様は随分と紳士でいらっしゃるのですね」
先日も挨拶をさせていただいたけれど、あの時は玉座の前だったし、こうして近くで、それも個人的なお話をさせていただくのは初めてだ。
「改めて自己紹介を申し上げます、ファラリッサ王妃。私はエルヴィラ王国第1王子、ユーグリッド・フリューリンクです」
「同じく第1王女、シェリス・フリューリンクです。ファラリッサ様」
これはご丁寧にとおっしゃられたファラリッサ王妃は、何がおかしいのか、微笑を湛えていらした。
「シャイナの事、気にかけてくださっているのでしょうか」
「はい。とても興味を、いえ、好意を抱いております」
なんだかわき腹につねられたような痛みを感じたけれど、笑顔は崩さない。
「あらあら、まあまあ。そうでしたの」
「ええ。先程、シャイナ姫がお庭の噴水のところでぼっと腰かけていらしたお姿に、どうやら心を奪われてしまっているようで」
その時はシャイナ姫の事を、大変申し分けありませんが、存じ上げてはいなかったのですが、とお伝えすると、ファラリッサ王妃はますます嬉しそうなお顔をなさって、胸の前で手を合わせられた。
「そうですか。こんなに素敵な王子様に好かれるなんて、あの子も幸せですね」
国のことは関係なく、あの子と仲良くしてあげてくださいね。
そう頼まれて、僕は即座に、もちろんですと返事をした。むしろ、こちらから仲良くしてくださいとお願いしたい心境だった。
「あの、よろしければ、これからもまた、個人的にシャイナ姫を訪ねて遊びに来てもよろしいでしょうか?」
「是非いらしてください!」
僕はまだ子供だと思っているけれど、父様や母様の近くでその政を見ているから、人の表情や態度、声色から、真偽を測ることくらいはできる。まあ、今のところ、確実にとは言い切れないけれど。
どうやらファラリッサ王妃は心からそう思われているらしく、硬く僕の手を握ってくださった。
「あの人、国王様はどうおっしゃるか分かりませんけれど、私は歓迎しますから」
それではまた、とファラリッサ王妃が去ってゆかれたので、ようやく僕はシェリスの方を振り向いた。
「シェリス。わき腹が痛いのだけれど」
シェリスはツンとそっぽを向いたまま、
「そう。だったら、あの子に、シャイナ姫に治してもらえば良いんじゃないの」
どうやら大分へそを曲げているらしい。
仕方がないから僕は自分で治癒の魔法を使用した。
「兄様の馬鹿」
シェリスは僕と踊ってくれたのだけれど、その間中、僕がちらちらとシャイナ姫の様子を窺っていたからだろうか。足は踏むわ、頬っぺたは可愛らしく膨らませたままだわで、翌日になって、帰るときになってもまだご機嫌ナナメだった。




