姉たる所以
◇ ◇ ◇
翌朝。
パーティーを開いていただいた真の目的は達成されてしまったとはいえ、パーティー自体は予定通り、今日、明日も行われる。
途中で中止なんてしたら不審に思われるだろうし、何より、昨日参加されなかった方で、今日、あるいは明日に参加される予定だった方たちに申し訳が立たないし、オースティン家の方の面目も潰れてしまう。
そのため、オースティン家のお屋敷へ、大変申し訳ありませんが、僕は本日参加できませんとのお断りの書状をメイドさんに届けていただいた。
「それで、何でシェリスと、クリストフ様まで一緒にいるのでしょうか?」
シャイナに関しては、本当はお城で静かにしていて欲しいけれど、そうもいかないだろうことは昨日のパーティーから分かっていたので、半ば諦めてもいたけれど、加えて2人もこちらへついてくるとは思っていなかった。
まさかフェイさん達や、父様、母様がシェリスに話すとも思えないし、昨日、僕とシャイナの話を聞いている人間はいなかったはずだ。手紙を書く際にも、細心の注意を払って周囲を警戒していたし。
「お兄様。まさかそんなことがお分かりになられないなんて。少々ボケてしまわれたのでしょうか。まあ、シャイナ姫が近くにいらっしゃる以上、色ボケしていらっしゃるのは仕方のないことではあると思いますが」
シェリスがこれ見よがしにやれやれとため息をつく。
僕たちは、あの場では身の上を尋ねないことがマナーだったとはいえ、一般の参加者とは言いにくい。
参加者がふるい分けをされていたとはいえ、昨日出席していた僕たちが全員欠席では、あのパーティー会場に今日も紛れ込んでいると思われる――確実にいるだろうけれど――相手方の監視者に不審に思われても仕方のないことになってしまう。
「まさか、こっちの方が面白そうだから、何て言わないよね」
シェリスが荒事を好んでいるとは思っていないけれど、好奇心が旺盛だというのはその通りだと思っている。
加えて正義感も。
僕とシャイナ、に限らず、エルヴィラの人たちが楽しみにしているお祭りを妨害されるかもしれないというのだから、黙って部屋に籠って編み物をしたり、お菓子を焼いていたりなど、出来ないということなのだろう。
その気持ちはよく分かるし、王族としても立派な志だと思う。
けれどシェリスの兄としては、どうしても妹の心配をしてしまうのは仕方のないことだというか、当然のことだと思う。シェリスには「子ども扱いしないで」と怒られるかもしれないけれど。
いや、淑女だというのならばなおさらお城で大人しくしていてもらいたいのだけれど。
まあ、仮に、今日のパーティーにも相手方の間者が紛れ込んでいて連携をとっている場合に、シェリスやクリストフ様を人質にとられる可能性がなくなったと考えれば、悪いことばかりではないのかもしれない。
もちろん、その場合、直接協力していただいているオースティン家の方たちが最も危険だということにはなるのだけれど。
もっとも、このままお城で待っていてくれるというのが1番であることには変わりがない。
「そちらには私共の方で人員を派遣しておりますので、オースティン家の皆様を含め、出席者の方へのご心配は必要ございません」
いつものようなメイド服ではなく、黒いコートに身を包んだフェイさんが、同じような恰好をしている数名のメイドさん達よりも1歩前で膝をつかれる。
おそらく、僕たちが来ると決めなかったのであれば、これほどの人員をかけられることもなかったのだろう。
お城で過ごしていても、普段から明らかに分かってしまうほどにメイドさんの数が少なくなっていたことは、すくなくとも僕の覚えている限りでは、なかった。
多少僕自身の我儘と言えなくもない部分もあるので、申し訳ないという気持ちが全くないわけではないけれど、これは僕が自分でやると決めていた事だし、何と言われようとも引き下がるつもりは無かった。
それにしても、クリストフ様の事は、シャイナが引き留めてくれると思っていたけれど……おそらくは自分が付いてゆくという都合上、あまり強く出られなかったのだろう。
待つ方がつらいというのは分かるけれど、やはり、父様と母様の近くにいてくれた方が、僕たちとしては安心する。
100歩譲って、シェリスはエルヴィラのお姫様だけれど、クリストフ様はアルデンシアのお世継ぎなのだ。
「クリストフ様――」
やはり僕が言うしかないかと思っていたところ、シャイナが手を挙げて僕を制した。
「ユーグリッド様。やはり、ここは私に」
シャイナは1歩進み出ると、クリストフ様に面と向かって言い放った。
「クリストフ。あなたはここに残りなさい」
反論を許さない命令口調。
静かだけれど絶対的な強制力のある、そんな声だった。
「あなたは私が心配なのだと言いますけれど、あなたは本当に、私があなたに心配してもらわなくてはならないほど弱く、愚かな姉だと思っているのですか?」
「弟が愛する姉様を心配するのは当然のことだと思いますが?」
「心配をするだけならば、こちらに残っていても十分に出来るでしょう。フォルティス様もエルーシャ様もいらしゃるこちらへ、途中経過にせよなんにせよ、情報が全く来ないということもないでしょうから、それで私たちの状況を、ある程度は把握することも出来るはずです。こちらへついてきても、あなたは足枷にしかならない場合が多いと考えられます」
僕はシェリスに甘いけれど、それは自覚しているのだけれど、シャイナはクリストフ様に対して容赦はなかった。
しかし、クリストフ様もただでは引き下がられない。
「それは姉様も同じではありませんか?」
クリストフ様がちらりと僕の方へ視線を向ける。
しかし、何か援護を期待してのことではないだろう。そもそも、僕も意見としてはシャイナに賛成だし。
「姉様だって、ユーグリッド様のお気持ちは十分にご存じのはずです。それにもかかわらず、御同行されるのですよね?」
「ユーグリッド様は、私のためならばいくらでも頑張れるのだとおっしゃっていらっしゃいましたし、一緒にお祭りを回る約束もしました。その約束をお破りになることはないはずです」
シャイナがはっきりと言いきると、直後からゆらりと魔力が漏れ出して、周囲にプレッシャーを放っているように感じられた。
「どうしてもというのなら、私を倒してからにしなさい」
「そんなことをすれば、姉様も同行できなくなってしまうのでは?」
クリストフ様も、まともな立ち合いではシャイナに敵わないと分かっているのか、初めて焦っていらっしゃるような声を出される。
「この程度のお遊びでついてこられなくなるというほどの実力しかないのであれば、最初から足手まといになると宣言しているようなものです」
そして、シャイナに負けたのならば、おそらくしばらくは行動不能になるだろうから、結局はついてこられない。
「……分かりました」
結局、クリストフ様はすぐに引き下がられた。
「良かったです。もしこれでも向かってくるような愚か者ならば、本当にあなたを倒してしまわなくては、いえ、アルデンシアまで送還することも考えていましたから」
シャイナも安心したように溜息をついていたけれど、それはおそらく、この場にいる全員の気持ちと同じものだっただろう。




