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パーティーへ潜入 2

 確認するまでもなく、セキア先生が選ばれたのだから、オースティン家の方たちはアルデンシア寄りの派閥というか、僕とシャイナの関係を、裏と表とを問わず、よく思ってくださっている方たちだということだろう。この状況でまさか僕とシェリスを反対派の陣営へと送り出すような真似は、流石にされていないだろう……と信じたい。

 そのこと自体は、僕も何度か直接話をさせて貰っている中で感じ取ることは出来ているけれど。

 こうして会場を眺めまわして見ても、不審な行動を起こすような人の姿は見受けられない。

 そういった、何か後ろめたいことがある人に限って、周囲の事をよく観察しているはずなので、僕やシェリスの事にも気がついていてもおかしくはない。

 だとすれば、気付かれたとという気配を多少なりとも感じるはずだと思っていた。例えば、視線を感じるとか、空気が固まるとか。

 しかし、今のところ、そのような様子はない。

 元々、こちらの存在に気がついていた? あるいはこのパーティーの目的に感づいていて、最初からボロを出さないように注意していた?

 いや、まだ慌てるような状況ではない。こういう言い方は失礼だけれど、3日間の招待客は場合分けがされていて、今日ははずれ――目的を考えれば当たりともいえる――の日だったのかもしれない。


『シェリス、そっちはどう?』


『私に聞いてくるってことは、兄様の方もあたりをつけることは出来なかったってことね』


 シェリスの無事を確認するのと同時に状況も確かめてはみたけれど、幸いというか、緊張感を持つべきなのか、不審な人物は見つけられなかったらしい。

 

『とりあえず、今日の参加者に不審なところは見られなかったと――』


 おそらく安堵するべきなのだろうけれど、目に映ったものが信じられず、思わず僕は言葉を中断してしまった。


『兄様? 何があったの?』


 シェリスの声(正確には念話)から感じられる調子が警戒を帯びた調子になる。 

 あんなところで会話を中断してしまえばそう思うのも当然だろう。


『だ、大丈夫。とにかく、今回の作戦とはほとんど関係ないから』


『ふーん。まあ、兄様がそう言うのなら』


 シェリスはとりあえず納得してくれたらしい。

 別に気付かれてまずいことではないのだけれど、僕たちには秘密にしてここへ来たということは、何か目的があるのだろうから。

 それはそれとして。

 とはいえ、おそらくではあるけれど、彼女の目的は何となく僕たちと同じだろうと推測できる。

 最悪の事態ではないけれど、こうならないように僕たちが色々としていたというのに。 

 後で、父様と母様には問い詰めたいことが出来た。

 とりあえず今は彼女の事が優先事項だ。


「あの」


 パーティーの人混みを苦にすることなく歩く、シェリスと同じくらいの身長の女性に声をかける。いくら知っている子かもしれないからといって、このような場所で念話によって話しかけるのは、失礼が過ぎるというものだろう。

 紺を基調として、襟首の周りから肩口にかけての部分に白いフリルのような装飾を施したドレスを纏い、飾りのついていないシンプルな白い仮面で顔を隠した彼女は、仮面の奥の瞳を一瞬だけすっと細めた。


「姫。本日はどのようなご用向きでこちらへいらしたのですか?」


 彼女がこのタイミングでここへ来た目的なんて、どう考えても1つしか思い浮かばないけれど。


「殿下。恐れながら、人違いをされていらっしゃるのではありませんか?」


 彼女は全く慌てたりすることはなく、おそらくは最初から決めていたのであろう台詞を淡々と口にした。

 何だか頭の痛くなる思いだった。

 本当に誤魔化すことが出来ていると思っているのだろうか。

 銀糸のようにきらめく髪はゆったりと背中に垂らされている。

 仮面で顔の上半分は隠されているけれど、すっと通った鼻筋も、花びらのように形の整った小さな唇も、大理石のように白くきれいな肌も、仮面の隙間から見える神秘的な紫の瞳も、僕に言わせてもらえれば、まったく隠すことは出来ていなかった。

 本気でやるなら、色の入ったコンタクトをつけるとか、髪の色を変えるとか――いや、ダメだ、そんなことはさせられない。

 いや、それで魅力がなくなるかと言われれば、まったくそうとは言い切れないけれど……って、なんの言い訳をしているんだ僕は。


「君は覚えていないかもしれないけれど、僕は前にも言ったよね。君のことなら、どこに居ようと、どんな風に姿が変わっていようとも、すぐに見つけ出せるって」


 自分で考えたのではないだろうから、きっと母様辺りの入れ知恵なのだろうけれど。

 シャイナはたかだか(と言っては悪いけれど)パーティーに入り込むくらいで、それがたとえ危険な場所だとわかってはいても、変装しようなどと考えるような女の子ではない。

 まあ、でも、今回に限っていえば、正解だったかもしれない。


「クリストフ様も一緒に来たの?」


「ええ。本当はこちらへ着いた時にもお城で待っているようにと説得してはみたのですけれど、私と一緒に来ると聞かなくて」


 困ったものですと、もはや誤魔化すつもりもない様子でため息をつくシャイナに突っ込みたくなるのを僕は必至で我慢した。

 ということは、今頃クリストフ様の方はシェリスに接触しているのだろう。クリストフ様はシャイナとは違って、その辺りをシェリスに隠そうなどとは、最初から思っていないだろうし。

 きっと、母様も、クリストフ様も、僕がシャイナに一緒にいたいと言われれば断れないだろうと踏んでいるのだろうな。

 全く、考えが甘いと言わざるを得ない。

 いつまでも僕がシャイナの尻に敷かれていると思ったら大間違いだということを教えてあげようじゃないか。

 今日こそは、ちゃんとシャイナに、危ないからお城へ戻っていてくれるように――


「ユーグリッド様。エルーシャ様から伺いました。エ……私のためにご無理をなさってくださって、本当はこのような危険なことはお止めしたいのですけれど、きっとお聞き入れになってはくださらないでしょうから。それはとても嬉しいことなのですけれど、せめて、私も一緒にいることをお許しいただけないでしょうか」


 母様に吹き込まれた台詞だろうことは分かっている。

 僕を説得するための用意された台詞なのだということは。


「分かったよ。でも、危険な事になったら、絶対に――僕の側から離れないで」


 それでも、僕に断るという選択肢をとることは出来なかった。



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