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デートの約束 2

 ◇ ◇ ◇



 僕が父様に代わって位を受け継いだらのんびりとお祭りを楽しんで回るなんてことは出来なくなる。

 本当は今だって、僕がこうしてある程度自由にお城を出たり入ったりすることを、騎士団の人たちや魔法師団の方たちにはよく思われていない、というのはさすがに言い過ぎかもしれないけれど、言葉にされずとも(諦められているという説もある)良い顔をされてはいないのだろうなというのはわかっている。

 それでもこうして無防備にアルデンシアまでを行ったり来たり出来ているのは、未だ僕が国王ではなく継承権第1位というだけの王子だからということに他ならない。(ちなみに第2位は僕に結婚して子供が出来るまではシェリスである)

 国王になると当然そうはいかず、例えば父様や母様は降誕祭や、それに関わらず、鉄壁の護衛を張り巡らせることなく、気軽に外出したりはなさらない。

 僕はシャイナが受けてくれたらすぐにでも結婚するつもりだし、僕が結婚したらすぐに父様から位は受け継がれる。具体的には、結婚式の直後に戴冠式が行われるはずだ。過去の事例を見てもそうなっている。それに、王族としての第1の、最も重要な役目は子孫、つまりは世継ぎの君を残すことであり、それは早ければ早いほど良いとされている。

 つまり、僕が即位するまでにそう時間はないということに他ならず、シャイナをこれから先、何度お祭りや、それに限らずデートに誘いに出かけられるか、そう年月が残されているわけではないということも意味している。

 もちろん、結婚したらデートなんて必要のないくらい一緒にいられることが出来るのだけれど。

 父様と母様は僕の意思を尊重してくれてはいるし、対外的にはシャイナは僕の婚約者らしいということになってはいるけれど、最も肝心なシャイナの気持ちはまだはっきりと聞いたわけではない。


「別に今までがそうでなかったからといって、兄様まで愛妾を持ってはいけないということではないのよ」


 今日もシャイナのところへ行こうとしていたら、シェリスがそんなことをぼそっと言ってきた。

 愛妾と言ってくれたのは、それ自体がどうなのかということは置いておいても、シェリスのせめてもの気遣いなのかもしれない。


「2番でも、3番でも良いんですって、それが本心かどうかは知らないけれど、そう言っていた女の子なら私も何人か知っているし」


 シェリスが北の方を見つめながら言うものだから、僕も何だか胸が痛くなる思いだった。

 普通に考えて、2番でも、3番でもなんて、女の子が本心から言っているとは思えない。けれど、エルマーナ皇女も、ジーナも、強がっている風には見えていなかった。

 もちろん、僕だって2人の事を嫌いなはずはなく、むしろ好きだと言えるけれど。

 しかし、今更シェリスがそんな話をする理由とは一体何だろうか。


「僕にはそんなつもりは無いって、シェリスも知っているだろう。僕はずっと1人だけ――」


「兄様は、ユーグリッド・フリューリンクとしてはそうでも、エルヴィラの第1王子としてはどうかしら。1番大事なお役目を忘れているわけではないんでしょう?」


 そんなことはもうとっくに十分過ぎるほどに分かっているから話す以前の問題だとでもいうように、シェリスは僕の言葉を途中で遮った。

 役目、とそう言い切ってしまうことに抵抗はないのだろうか。大体、そんな気持ちで一緒になって嬉しいと思う女性がいるはずがない。


「だから、兄様個人の意思ではなく、エルヴィラの次期国王としては、たとえ本当に心から想っている相手ではなくとも、そう思わなくてはならない時が来るのではないのって言っているのよ」


 シェリスは僕の返答を期待していたのではないらしく、というより、それでも僕が何と言うのか予測はついていたみたいで。


「お父様はたしかにお母様だけを愛していらっしゃるし、自分が恋愛結婚だったのだから息子や娘にも――娘は怪しいけれど――本当に好きな人との結婚を望まれているとは思うけれど、目的のためならば政略結婚くらいはすると思うけれど」


 この場合の目的とは、エルヴィラの存続の事だろう。父様は僕やシェリスの幸せを考えてくださっているけれど、だからといってエルヴィラに住む人たちの事を考えていらっしゃらないわけではない。

 僕自身、シェリスにそんなことを背負わせるつもりがない以上、僕が王位を継ぐことはほとんど決めている。

 しかし、それにはお嫁さんが必要不可欠なわけで。いや、正確には世継ぎが必要なのだけれど、そうではなく。


「勘違いしないで、兄様。私はいつだって兄様の味方だし、兄様の恋は応援したいと思っているわ。でも、だからこそ、私から言っちゃうのはアンフェアな気がするから、兄様がちゃんとシャイナから引き出さなきゃいけないのよ」


 もしかして、発破をかけに来てくれたのかな。


「ありがとう、シェリス。元からそのつもりだよ。それはそうと、シェリスはローティス王子を誘いに行かなくて良いの?」


 シェリスは、本当に分かっているのかしら、とでも言いたげに目を細めて、それから、諦めたのか、呆れでもしたかのように、まあいいわ、と肩を竦めた。


「なんで私が迎えに行かなくちゃならないのよ。本当に私に気があるというのなら、向こうから来るはずでしょう」


 何だか、以前も同じようなことを言っていた気もする。

 シェリスも女の子だから、愛するよりも愛されていたいのかもしれない。


「兄様。私の事、成長していないなあ、とか、変わってないなあ、とか、思ているんじゃないでしょうね? 言っておくけれど、私は、たしかにデートもしたし、色々あって、悪い人ではないと思っているけれど、まだ兄様やシャイナみたいに恋をしているとかそういうことはないから」


 相変わらず鋭い妹だった。

 もっとも、シェリスに本当に好きな人が出来た場合、素直に僕にそれを告げるとは思わないから、現時点では半々くらいかなと思っている。

 だから、やたら早口で、言い訳をしているような口調だったことは指摘しないでおいてあげよう。

 

「お忙しいところ、申し訳ありません。ユーグリッド様。シェリス様」


 今度こそ本当に、と思っていたところ、声をかけられたので窓を閉めて振り向くと、フレスコさんが頭を下げていらした。


「陛下からおふたりを至急お呼びするようにと承って参りました」


 父様とは朝食でも顔を合わせているし、その時には特に何か話があるような感じではなかった。何より、その時にちゃんと言っているのだから、僕がシャイナのところへ行こうとしていたということを知っているはずである。

 しかし、どうやら真剣な内容であろうことは、フレスコさんの纏われている空気からも察せられた。

 

「分かりました。案内してください」


 フレスコさんは、僕が開け放とうとしていた窓を見られてから僕へとちらりと視線を向けられたけれど、何もおっしゃられず、こちらですと案内してくださった。

 

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