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侯爵家のパーティー 12

 ◇ ◇ ◇



 侯爵家でパーティーの開かれた3日後。ローティス様もレギウス王国へとお帰りになることになった。

 母様はローティス様にもっとずっといてくださっても構いませんのに、と名残惜しそうにおっしゃられていたけれど、元々、ローティス様もそれほど長い間滞在されるつもりで準備されて来たのではないらしい。そもそも、こちらにいらした理由というのが、半ばローティス様のお母様、レギウス王国の王妃様が先走られたことへのお詫びということだったし。

 父様はローティス様から帰国される旨の話を聞かされた際「それはシェリスの事が気に入らなかったとそういうことか?」などと脅しにも似たような文句をかけられて、すぐさま隣にいらした母様に頭をはたかれていた。


「国王様。何をおっしゃっているのですか?」


「シェリスの事を好きだというのであれば、私を倒して奪って行くくらいの気概を見せて貰いたいものだ。その程度の覚悟もない男にシェリスは渡さん。城の敷居を跨ぐ前に征伐してくれるわ」


 父様は、シェリスを奪ってゆかれるのも、放り出してゆかれるのも、どちらも気にくわないらしいかった。つまり、シェリスと他の男性が関わることが堪忍ならないという事なのだろうけれど。


「その時は私がレギウス王国まで遊びに行くから楽しみに待っていて」


 シェリスは素敵な笑顔で、ローティス様にウィンクを飛ばした。

 母様は「まあ!」と顔の前で手を合わせられたりと、嬉しそうにしていらしたたけれど、父様はしかめ面をしていらした。


「別に、好きとかそういう事じゃないから安心して、お父様。兄様もそうだけれど、同性異性に関わらず、私たちに気軽に会いに行ける友人が少ないでしょう? もちろん、アルデンシアにも、ミクトランにも、オーリックにも、シャイナとか、エルマーナとか、ジーナとか、友人はいるけれど、皆女の子で、同年代くらいの男の子の友人は初めてだから」


 クリストフ様は、多分シェリスの仲では友人というくくりではないのだろう。もちろん、親しいことに変わりはないのだけれど、兄が片思いしている女の子の弟とか、そんな感じのくくりになっているのかもしれない。

 パーティーなんかに出席するときに会う、エルヴィラ、あるいは他国の貴族家の子女の子たちは、やはり女の子が多く、男子の方は、シェリスを友人とは思っていないのかもしれない。


「そうかそうか、友人か」


 シェリスが友人と断言したことで、父様は少しほっとされて、胸を撫でおろされた様子で、その後に、今はまだ、と付け加えられたことに気づいていらっしゃらない様子だった。シェリスもわざとそう言ったののだろうけれど。

 母様には聞こえていらしたらしく、シェリスを優し気な瞳で見つめていらして、それに気がついたシェリスがほんのわずかに頬を赤くして、少しだけ唇を可愛らしく尖らせて、顔を逸らしていた。


「シェリスの友人というのであれば歓迎しよう。私はそれほど心が狭いわけではないからな。うん」


 父様がちらちらと母様の顔を窺われながらそのようにおっしゃられた。

 おそらく、昨夜にでも僕たちと別れて寝所へ向かわれた後、母様に何か吹き込まれたのだろう。


「そうだな。年に1度くらいなら――」


「いつでも来てくださって構いませんからね」


 父様の台詞を遮って、母様がそう締めくくられた。

 

「おい、エルーシャ。私はまだ――」


「では、国王様は年に1度、ローティス様がこちらにいらっしゃるとき以外にはシェリスがローティス様にお会いするためにレギウス王国まで訪れて、エルヴィラを留守にするという事を容認なさるという事なのですね」


 母様の反論に、父様がぐっと言葉を詰まらせる。

 やはり、こういった事、特にシェリスの場合においては、母様の方が何枚も上手であるらしかった。もっとも、普段から父様が母様に勝っているところはあまり見たことがないけれど。


「それは良かったです。もしかしたら、国王様はシェリスにずっとお城の中にいて欲しいものだとばかり思っておりましたから。そうですよね。せっかく、友人が増えたわけですから、私たちの知らない所でも、色々と体験して成長して、大人になって貰いたいですものね」


 母様は、友人を強調された。

 しかし、それは先程の父様のおっしゃられた友人とは、おそらく意図が違っていたことだろう。


「……よかろう。貴殿がエルヴィラへ参られた際には、いつでも歓迎しよう」


 長い、長い沈黙の後、父様はぎりぎりと歯ぎしりでもしそうな表情で、ローティス様のエルヴィラへの滞在をお認めになられた。

 僕もシェリスの兄として――もちろん、それだけではなく――ローティス様とは良い関係を続けていけたらと思っていたので、嬉しいことだった。

 国内の派閥なんかも、こうして僕たちが仲良くしていれば消える、あるいは手を取り合えるようになるかもしれないし、そうすれば先日のような危険な事態に陥ることも、完全になくなるとは言い切れないけれど、少なくはなることだろう。

 ローティス様が馬車へと向かわれた際にも、シェリスから父様を倒してしまってもいいのよ、とか、その際には協力するから、などといった言葉は発せられることはなかった。まだ、そこまでは進展していないらしい。


「手紙を書くわね」


 いつもと同じ調子のシェリスに、


「僕もお便りいたします」


 ローティス王子は真剣な眼差しで答えていた。


「僕は手紙を書くなんて言わないよ」


 シャイナがその様子を、同じく帰りの馬車に向かってじっと見つめていたので、僕はそっと声をかけた。もしかしたら、羨ましいと思ってくれているのかもしれないと思ったからだ。


「シャイナが恋しくなったら、会いに行くから」


 それだといっそアルデンシアに住まなくてはいけなくなるのだけれど。


「もし仮にそうなったとして、ユーグリッド様にそれがお分かりになるのでしょうか?」


「えっ?」


 僕が尋ね返すと、シャイナは何かおかしなことを言いましたか、と首を傾げた。


「いや、僕の方が寂しくなったら会いに行くよ、という事だったのだけれど……」


 もしかして、シャイナの方が寂しくなったことを僕が感じるかどうかだと思ったのだろうか?


「――っ! し、失礼いたしますっ!」


 シャイナは顔をリンゴのように赤くして、しかし慌てず、優雅に、馬車へと入っていったのだけれど、最後のタラップで躓きそうになっていた。

 その様子を、僕は何だかとても嬉しい気持ちで見送った。

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