侯爵家のパーティー 4
まだ、相手の狙いも、正体も判明はしていない。
僕たちがとることの出来る選択肢は2つ。この場に留まるか、それとも逃げ出すかだ。
現在、僕とシャイナがいるのは備え付けられたテラスで、壁の後ろに身を寄せているため、おそらくは相手に僕たちの姿を視認されてはいないだろう。探査魔法をかいくぐるための隠蔽の魔法も同時に行使しているため、発見される可能性は低いと言える。
国のことを考えた場合、僕とシャイナだけでも生きていれば、エルヴィラもアルデンシアもとりあえず崩壊は免れるだろう。この場で双方が殺されてしまうよりはマシな選択肢だと言える。
加えて、シェリス達が殺されてしまう可能性も低いと考えられる。
相手が何も考えていない、考えなしの場合は確実にとは言い切ることが出来ないのだけれど、多くの場合、王女、あるいは王子という立場は交渉事でも何でも切り札のカード足り得る。それをむざむざ捨てるようなことはしないだろう。
しかし、この場を逃げ出すような者に、他の人はついてきたりはしないだろう。暮らしている人のいない国など存在しないも同じような事だ。
では、相手が侯爵家に恨みを持つ者だった場合はどうなるか。
いや、その可能性は低い。ただ、侯爵家への恨みを晴らすためだけに、僕たち、王族まで出席しているパーティーを襲撃するのはリスクが大きすぎるし、潰れるのは侯爵家というよりもむしろ自分たちのところになるだろう。
侯爵家の事を探っているのであれば、今日、僕たちが招かれていることを知らないはずがないし、加えてアルデンシアやレギウスまで同時に敵に回すような愚かなことは、いくら何でもしないだろう。
もっとも、愚かと言えば、このように武力的な手段に出ている時点で、とも言えなくはないので、一概には言い切ることが出来ないのだけれど。
「落ち着こう。シェリスたちは無事なようだから」
シャイナに、というより、自分で状況を整理するために声に出す。
シャイナが伝えてくれた内容によれば、シャイナが念話を送った相手、クリストフ様は無事でいらっしゃるご様子で、ローティス様にも怪我はないという事だった。
「今のところ、僕たちに有利な点はまだ相手に直接姿を見られていないという点くらいか」
探査系統の魔法に関してはすでに妨害しているので、相手に僕たちがどこにいるのかを悟られてはいないだろう。だとすると、直接探しに来る可能性はある。
内部で行われている会話をシェリスが念話で中継してくれる。
それによると、どうやら相手は先日の騒動の際の残党らしい。より正確に言うのであれば、過激派といったところだろうか。
やはり狙いは僕たちの方だったようだ。
「シャイナだけでも先にお城に……戻っていてはくれないみたいだね」
クリストフ様が中にいらっしゃるというのに、それを放って1人で帰るなどシャイナがするはずもない。
「ユーグリッド様。ユーグリッド様は私の事を子供ではなく、女性だと思っているとおっしゃっておられましたよね?」
常からそう言っているはずだけれど。
まさか、こんな状況下で告白の返事をくれるという事もないだろう。
「ならば、私の事も信頼、いえ、信用してくださいますか?」
「僕はシャイナの事を信頼に足ると思っているけれど……」
王族としては、頼りすぎるのもどうだろうとは思ったりしなくもないのだけれどね。
「シャイナ。ここはアルデンシアじゃなくてエルヴィラだという事を忘れないで。シャイナやクリストフ様が傷ついたとしたら、最悪の場合、国際問題にまで発展しかねないという事を頭の片隅にでもとどめておいて」
一応、意味があるかどうかは分からないけれど、牽制と忠告はしておく。
仮にシャイナやクリストフ様に怪我でも負わせてしまった場合、魔法による治癒が可能かどうかは別にして、アルデンシア側の反エルヴィラ派を(もしいるのだとすれば)たきつける格好の材料にさせてしまう。
「そうすると、僕とシャイナが結婚するのが遠くなってしまうかもしれないからね」
少し場を和ませようとした冗談のつもりだったのだけれど、シャイナには「こんな状況で何をおしゃっているのですか」とでもいうような氷柱の視線を向けられた。
僕は咳ばらいを1つして、
「多分、他の招待客の人たちにはシェリスが手を出させてはいないと思うけれど、これからもずっとそうである保証はない。今のところ、内部の人間で確実に連携が取れそうなのは、シェリスとクリストフ様、それからローティス様。そしてこの場に僕とシャイナ。5人でどうにか状況を打破する必要がありそうだね」
一般の人たちに動いていただくわけにはゆかない。
そして、こうなる前に防ぐことが出来なかったということは、諜報部の方、あるいは騎士団の方たちには他に対応していらっしゃる事があったということなのだろう。
もしかしたら、もっと大人数による計画だったのかもしれないし、それは分からないけれど。
すぐの協力を仰ぐのは難しそうだ。
とはいえ、僕は全然かまわないけれど、シャイナはドレス姿だ。あまり派手に動くことは出来そうにない。
「こんな時に何をおっしゃっているのですか?」
「ああっ! シャイナ!」
僕が何かを言う暇もなく、シャイナは躊躇なくドレスを引き裂き、膝上のスカートのようにしてしまっていた。
たしかに、動きやすさは段違いだけれども!
「このままここのテラスからの強襲は危険です。回り込みましょう」
シャイナは裾をひらひらとさせながらテラスを飛び立つと、音もなく庭先へと着地した。




