侯爵家のパーティー
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エルマーナ皇女とジーナは帰ってしまっていたけれど、翌日、僕とシャイナ、それからシェリスとクリストフ様、それからローティス様は、今回の事のお祝い、というのが建前なのかどうかは分からないけれど、ヴァートン侯爵家のパーティーに招待されていた。
僕はシャイナをエスコートして、きらびやかに飾り付けられたお屋敷を訪れていた。
シャイナは透き通るような布を幾重にも重ねた青いドレスを着ていて、銀細工の糸のような真っ直ぐな髪には、薔薇の花を象った、宝石細工の真っ赤なコサージュや光沢のあるリボンが飾られていてる。
シャイナの手を取らせてもらいながら会場へと足を踏み入れると、会場中の人たちの視線が集まるのが分かった。それは何も男性だけのものに限らず、多少嫉妬の込められたものもあったけれど、多くは称賛の込められた眼差しが、女性の招待客の皆様からも向けられていた。
もちろん、今回のパーティーは婚約しているらしいという噂の僕とシャイナ、そしてシェリスとローティス様へのお祝いのパーティーという事なのだから、シャイナに視線が集まるのは当然なのだけれど、シャイナ本人はそれらを特に気にしている様子は見られず、普段通りに振舞っていた。
「流石に慣れているね、シャイナ」
こうして集められている高貴な人たちの間でも、シャイナの美貌はひときわ輝いている。それは何も、僕の目を通してだから、という事もないだろう。
シャイナの美貌は国境などに囚われるものではないことくらい、誰もが感じられることだろうし、アルデンシアでも、エルヴィラでも、他のどこの国へと招かれた時でさえも、同じようなことが毎回起こっているのだとしたら、気にするだけ労力の無駄だとシャイナが思っていたとしても不思議ではない。
シャイナは冷めている目で僕へとちらりと視線を向けて、
「……ユーグリッド様も別段気になさっていらっしゃるということはないのでしょう。それと同じことです」
と、小さくため息をついていた。
「僕はシャイナをとても素敵な女性だと思っているよ。シャイナと居られる時間ごと、胸の中で感動が渦巻いているし、可能ならばシャイナの魅力について一晩中でも語り続けたいと思っているけれど、シャイナがあんまり好きそうじゃないから遠慮しているだけだよ」
「そういう事ではありません」
どうやら、僕が思っていることと、シャイナの考えていることにはすれ違いがあるらしい。
シャイナはわずかに頬を赤く染めながら、僕から顔を逸らして、
「……ユーグリッド様も、御自身に向けられているそういった感情や視線には慣れていらっしゃるのか、気にしてはいらっしゃらないのでしょう。それと同じことだと申し上げているのです」
僕に? 誰が?
「いや、僕が言っているのは、王家の人間だからとか、尊敬とか、敬意とか、そういった感じに向けられているものではなくて、シャイナ本人の美貌に対して向けられているものだよ。シャイナ自身に興味があるのだと向けられている視線の事だよ」
一応、表面上としては、シャイナは僕の婚約者だと思い込まれているので、あからさまにアプローチをかけてくる男性はいらっしゃらない。
しかし、同じ……似たような感情をシャイナへ向けるものとして、同族、いや、同性としてのそういった感情は分かりたくなくても分かってしまうものだ。
シャイナがそんな男性客からの視線に気づいていないとはとても思えないのだけれど。
「やっぱり、ユーグリッド様は私の言いたいことを理解してくださってはいらっしゃいません」
しかし、どうやら僕の答えは不正解だったようで、シャイナは少し機嫌を崩したことを隠さないことにした様子だった。とはいえ、それは僕だけ、あるいは近しい人にしか分からないような変化であって、おそらくはパーティーに出席している中で気づいたのは、僕と、シェリスと、クリストフ様くらいだっただろうけれど。
シャイナは僕の手をぎゅっと握り、半歩ほど僕の方へと身を寄せた。
「ユーグリッド様。今日は私のエスコートに来てくださっているのですから、手を離したりはなさらないでくださいね」
「離せと言われても、離す気なんてこれっぽっちもありはしないよ」
この世のどこに、自分から幸福を手放すことの出来る人間がいるだろうか。中にはいるかもしれないけれど、少なくとも僕には出来そうになかった。
「おお! こちらにおいででしたか」
僕とシャイナが見つめ合っていると、主催者である初老の侯爵が声をかけてきた。
僕たちの方へ声をかけてきたということは、どちらかと言えば、アルデンシア派よりの人間だという事だろうか。
残念ながらというか、諜報部の方の調査によれば、未だにエルヴィラの国内においても、以前ほどではないにせよ、派閥間の諍いというか、要するに派閥がまだ残っているらしかった。
流石に、騒動に発展するほどの規模ではないにせよ、ずっと昔からある習慣を急になくせという方が難しいのはよく分かる。
「是非、殿下とシャイナ王女を紹介して欲しいという方が大勢いらっしゃるのですが、よろしいでしょうか」
パーティーの目的を考えれば、僕たちが2人だけで睦まじくしているわけにはゆかない。
シャイナにとってはそんな意識はないのかもしれないけれど、僕にとってはそんな気持ちだった。




