それぞれの事情 2
お昼を終えてからも、さすがに新婚さんごっこはしなかったけれど、シェリスたちが帰ってくるまで双六をしたり、庭の木陰でお昼寝をしたり、もちろん、勉強をしたりもした。
クリストフ様は、僕が日頃からつけていただいている武術の稽古を、一緒に受けられた。
もちろん、クリストフ様の稽古の方は、本格的なものではなく、言ってしまえば、身体を動かすだけ、武術というよりは運動と呼んだ方が正しいのではないかと思えるものだったけれど、基礎体力を造ることは重要な事でもあると理解していらしたようで、それでも随分と楽しそうに、そして真面目に、真剣に取り組まれていた。
「僕もいざというときに姉様や、大切な人を守れるようにならねばなりませんから」
ここ最近、というよりも、クリストフ様が僕たちといらっしゃるときには、問題が起こることが多い。
それには必ず、一緒にいるシャイナも巻き込まれている。
しかし、クリストフ様は、ミクトラン帝国のときにも、オーリック公国のときにも、そして今回も、武力的な面では、はっきり言ってしまえば、ほとんど守られていらっしゃるだけのようなものだったと、ご本人は思っているらしい。
それは4歳やそこらで意識するような事ではないのかもしれないけれど、王族だとか、そんなことは関係のない、1人の男の子としても、いざというときに大切な人を守ることの出来る強さ、あるいは力が欲しいと思われているのかもしれない。
僕はクリストフ様と同じ年頃の頃にはそれほど強い意思を持っていたわけではなかったので――僕が強くそれらを意識しだしたのは、あの式典会場でシャイナに一目惚れしてからだ――素直に称賛したい気持ちだった。
「もちろん、姉様の一大事には、姉様が何とおっしゃられようとも、義兄様へと念話でお伝えいたします」
「そんなことがないように祈っているよ」
先日の一件のような、例えば反乱までとはいかずとも、騒動や、抗議集会など、何度も起こっては欲しくない。
クリストフ様はどのような訓練をするのが良いかと、僕や、お城の騎士団の方たちに尋ねられて、僕が武術の稽古をつけて貰っている傍らで、これくらいならばと許された、砂を詰めた革袋を持ち上げたり、運んだりということを繰り返されていた。
「クリストフ、あまり一度に無理をし過ぎてはいけませんよ」
休憩時間には、シャイナ達が差し入れを持って来てくれた。
可愛らしく、そして美しい姫君からの差し入れが、男所帯の騎士団に歓迎されないはずもなく、はちみつに漬けられた輪切りのレモンは、あっという間になくなってしまった。
「シャイナ達は何をしていたの?」
「お料理、と呼べるほどのものではありませんが、これを作るために厨房をお借りしたのと、後はエルーシャ様に色々とお話を聞かせていただきました」
そういったシャイナの頬は赤みを帯びていて、それはエルマーナ皇女やジーナも同様で、僕と顔を合わせると、恥ずかしそうに顔を逸らされてしまった。
一体、母様はどんな話をされたのだろう。
尋ねてみても、シャイナには赤い顔でお教えできませんと言われてしまい、どうせ母様に聞いても教えてはもらえないのだろうなと分かったので、クリストフ様に後でそれとなくシャイナから聞きだしてみてはくださいませんかと耳打ちしたところ、その内容を完全に言い当てたシャイナに先回りで教えませんと封殺されてしまった。
僕とクリストフ様が稽古を終えて部屋へ戻ると、シャイナ達はスケッチブックに絵を描いているところだった。
3人が座っている真ん中には、モチーフにしたのだろう、花束や果物などがきれいに並べられていて、壁にも何枚ものキャンバスが掛けられていた。
窓から見えている風景画や、シャイナとエルマーナ皇女とジーナのそれぞれの肖像画もあり、おそらくはお互いに描きあったのだと推測された。
「こっちは何を――」
「それは見てはなりません」
ほとんどすべて見えるように並べられていたのだけれど、3枚だけ、上から布が掛けられているものがあって、それを見ようとしたところ、揃ってシャイナ達に止められた。
普通、こういう絵とか美術品は、自己満足でなければ、人に見せて、評価を貰うものだと思うのだけれど。
まあ、評価は別にしても、人に見せるために描いたものなのではないのだろうか?
実際、シャイナ達の反応から推測するに、シャイナ達自身はお互いに見せ合ったもののようだし。
僕には訳が分からなかったけれど、クリストフ様は何か思い浮かぶことがあったようで、なるほど、というようなお顔をされていた。
丁度、シャイナ達が描いている絵を描き終えたタイミングで、そよそよと風の吹き込んできている窓から、蹄と車輪の音が聞こえてきて、シェリス達が返ってきたことを知らせてくれた。
デートの感想をどうだったのかなどと聞くのも無粋なものだったし、2人の様子を見てみれば、少なくとも悪いものではなかったと感じられたので「おかえり」と声をかけた。
「あれ? シェリス、ちょっと待って。熱でもあるの?」
出かけたときよりも、シェリスの頬っぺたが赤くなっている気がして手を当てようとしたところ、シェリスはつんとそっぽを向いてしまって。
「夕日のせいでしょ」
最後までお礼のデートという態度を崩さないのか、シェリスとローティス様は手を繋いだまま歩いていった。




