それぞれの事情
本当は僕もシェリスとローティス様の様子が少し気になっていたから、それを口実にシャイナをデートに誘おうと思っていたのだけれど、残念ながらそれは出来なくなってしまった。姑息な手段など用いずに正々堂々と真正面から向かって行きなさいというセラシオーヌ様のお導きなのかもしれない。
しかし、今日はシェリスたちのコースと被ってしまうかもしれないし、諜報部、あるいは騎士団の人たちに部隊を分けさせるのは、問題ありませんと言われるのだろうけれど、何となく悪い気もする。
そんなわけで、僕は今日、お城から出たりすることはせずに過ごそうと思っていたのだけれど。
「それで、エルマーナ様はユーグリッド様のどこをお好きになられたのですか?」
「私のためにお父様と口論なさっていらしたところでしょうか? それとも、私に自信と勇気をくださったところかもしれません。ジーナ様はどうなのですか?」
「私は、私が不安な時にそばにいてくださって、それにとても勇気をいただけたんです。それにユーグリッド様のおかげで、オーリック公国の皆さんのために相応しい公女でありたいと思うようになることが出来たのですよ」
せっかくの晴天。
僕たちもお城の庭に出て、初夏の暖かい風を感じながら、お茶をしたり、魔法の訓練をしたりしながら一緒に過ごしていた。
エルマーナ皇女も、ジーナも、クリストフ様も、それからシャイナも、僕がセキア先生に魔法の授業を受けるのについてきて、一緒に講義を受けた。
エルマーナ皇女は、先日の開花祭での僕とシェリスのステージ、それからその前の擬似、ではないか、誘拐騒ぎの一件を受けて、より一層の魔法に対する知識を深めることの必要性と、魔法の実力をつけることの重要性を強く認識されたらしく、一緒に授業を受けることを熱望された。
ジーナも同じく、仮に再び騒動が起こるようなことがあった際、そしてオーリック公国の人たち、先日のような騒動を起こした側のような人たちにも認めてもらうためにと、やる気に満ちた瞳をしていた。
「私は、必要な時に、必要なことが出来るようにと、常から思っておりますので」
シャイナも早朝のヴァイオリンの稽古と同じように、魔法の訓練もの、義務、ではないかもしれないけれど、毎日の習慣として、そして訓練するならば先生がいてくださった方が良いからと、セキア先生にお願いしていた。
「勿論です。そして、光栄です。私もこうして殿下にお教えすることが楽しみで、そして人に魔法を教える仕事に就きたいと思って、教師の職に就いておりますので」
学院で魔法の授業の総責任者のような立場に就いていらっしゃるセキア先生は、生徒が増えていることが嬉しいらしく、快く歓迎してくださった。
せっかくシャイナ達が遊びに来てくれているのだから、もっとシャイナともいちゃいちゃしたり、いちゃいちゃしたり、いちゃいちゃしたりしたかったけれど、シェリス以外の女の子と一緒に授業を受けるというのも新鮮で楽しかった。
クリストフ様はまだ魔法の扱いがそれほどお上手というわけではなかったけれど、セキア先生の教え方はとても上手なので、1時間も訓練すると、空気中から集めた水を色々と変形させることがスムーズに駅るくらいには上達された。
魔法としては初歩の初歩ではあるけれど、クリストフ様の年齢を考えると十分すぎるほどのことだろう。
普通の、クリストフ様と同年齢くらいだと、水を作り出すことは出来ても、あるいは取り出すことは出来ても、それを操るとなると、話はだいぶ変わってくるし、魔力の消費もけた違いになり、子供だと倒れてしまうこともあるのだとか。幸い、僕もシェリスも倒れたことはなかったけれど。
「ユーグリッド様。まさか、御自分がお倒れになられたことをお忘れなのですか?」
そんな話をしていると、シャイナが呆れたような、心配しているような瞳で、僕のことをじっと見つめてきていた。
「えっ? いや、全然、少しも忘れてないよ」
「本当ですか?」
シャイナが上目遣いに僕を睨んでくる。花びらのような唇も、今は少しだけ尖っている。
うん。可愛い。
大きな紫水晶のような瞳で、上目遣いに見上げられ、少しドキドキとしてしまう。
もう何年も一緒にいるのだからいい加減慣れてもいいとは思うのだけれど、シャイナは日々、会うごとに綺麗に可愛く成長しているので、慣れるということはない。
「何のお話でしょうか?」
エルマーナ皇女が不思議そうな瞳で僕たち2人の事を見つめてきていた。ジーナも同じような顔をしている。事情を知っているセキア先生は厳しい視線をくださっていたけれど。
僕の未熟が引き起こしたことだし、たしかにシャイナに関する事で、周りが見えていなかったということは事実だった。
「恥ずかしい話なのですが」
僕の話をエルマーナ皇女とジーナは黙って聞いてくれていた。
「私も、毎月、ユーグリッド様のお顔を見に訪ねてきても構いませんか?」
話し終えたところで、うっとりするような顔でエルマーナ皇女が最初に口にされた感想がそれだった。
僕はエルマーナ皇女の顔が見られるのは嬉しいけれど、エルヴィラからアルデンシアまでと違って、ミクトラン帝国からエルヴィラまでくるのは、結構大変ではないだろうか。
まさか、エルマーナ皇女まで僕と同じように自力で空を飛んでくるなどとおっしゃるつもりだろうか。
「好きな人のためにする苦労が、苦労と言えるのでしょうか?」
今しがた、まさにそんな話をしたばかりなので、大変でしょう、などとは言いづらかった。
「わ、私も、尋ねてきて構いませんか?」
ジーナも対抗するように声を上げる。
ミクトラン帝国との国境のように、間にゼノリマージュ山脈がそびえているという事もないけれど、決してオーリック公国からも近いというわけではない。それでも訪ねてきたいという2人の事が、嬉しくないはずはなかった。
2人の視線が僕からシャイナへとずれ、僕もわずかに期待を込めてシャイナの方へとそっと顔を動かす。
「私は参りませんよ」
「そうですか。姉様が参られないとおっしゃるのでしたら、僕が代わりにこちらまで訪ねてきても構いませんか?」
シャイナが驚いたような視線をクリストフ様へと向ける。
僕も心配するような顔を向けてしまった。
クリストフ様が、年齢の割には随分としっかりなさっていることも、魔法の修練を積まれていることも知っているけれど、流石にお1人でアルデンシアからエルヴィラまで飛んでこられるとは思えない。
「勿論、馬車ですよ。それならば、万が一、姉様が行きたいとおっしゃられた場合にも安心ですし」
クリストフ様が笑顔でシャイナを見つめられ、シャイナがわずかに後ろへと身体を引いていた。




