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エルヴィラの車窓から 9

 ところで、冒険者組合がいかに組織的には中立だといっても、ここはエルヴィラ王国であり、しかもその首都であるアノリスである。当然多いのはエルヴィラの、それも首都をホームとしているパーティーである。

 シェリスは、眩くきらめく金の髪も、意志の強そうな碧い瞳も、つんと尖った鼻筋も、形の良い顎も、兄である僕が見ても控えめとは言えない美少女であり、当然目立つ。そして、普段から僕が街へと様子を見に出るときにはついてきていて、顔も良く知られており、男女問わず――どちらからより、というのは自明のことなのであえて言う必要もないだろう――人気がある。

 そして、一緒にいるローティス様も、先日の騒動の際に話題になっていたことは、エルヴィラに暮らす人たちの記憶に新しいことだろう。

 肩のあたりで短く切りそろえられた淡い金の髪、真夏の空のような青い瞳、やや幼く見える顔立ちと、女性の視線を惹きつける、こういった言い方を好まれるかどうかは分からないけれど、庇護欲を掻き立てられるような方だ。

 つまり、何が言いたいのかといえば、2人が参加した時点で、すう勢は決まっていたのだ。

 組合からそれほど離れていないということもあり、あるいは興味本位で、見物に出てきている人たちが輪を形成していて、その中心にシェリスたちがいるものと思われた。

 この雰囲気の中で、シェリスたちを害することなど出来ないと思うけれど。

 僕たちが輪に近づくと、ありがたいことに、誰からともなく道を開けてくださって、僕たちは容易く中心付近までたどり着けそうになって、慌てて、少し後ろから見守ることにした。


「あの、殿下。よろしいのですか?」


 近くにいる冒険者の方から声をかけられて、場所を譲ってくださるような雰囲気だ。


「ええ。僕がいることがシェリスにばれてしまうと、後で怖いですから」


 話を聞くところによると、こうして集まった見物人の方が手を出されないのは、シェリスにそう言われているからというわけではなく、シェリスから手を出すなといったような雰囲気が感じられたからだという。

 それは、この国の冒険者の方だけではなく、他所の国から訪れてくださっている方たちも同様のものを感じているらしかった。

 もしかしたら、一部の人たちは、ローティス様のように、つまりはレギウス王国からこのギルドに立ち寄られた方もいらっしゃるのかもしれない。

 シェリスがローティス様に話しかける。


「これはエルヴィラの問題なのですから、殿下はお手を出されないでくださいね」


 相変わらず、行動こそハチャメチャ――旺盛な行動力とは裏腹に、人の前では完璧な外面を造ることにかけて完璧である。

 シェリスはローティス様に、とても喧嘩の間に入っている最中とは思えない、花の綻ぶような完璧な笑顔を向けていた。

 ローティス様の頬が赤く染められる。

 まあ、好きな、あるいは気になっている女の子から、あんなに至近距離から微笑まれたら、落ち着かなくもなるよね。

 それはローティス様だけではなく、周りでこうして観戦している人たち、特に男性にとっても同様だったようで、対峙している当事者以外、ほんわかとした空気が形成された。


「そういうわけで、今回は偶然だけれど、こうして通りかかった以上、お父様、お母様、そしてお兄様のいらっしゃるこのエルヴィラで、秩序を乱すような真似は見過ごせないわ」


 シェリスはゆっくりと、相対する男性のパーティーへ向かって歩を進める。

 あれ? もしかしなくても、穏便に話し合いで解決するつもりは無い?

 

「うっ……くっ……一体、何だって言うんだ!」


 相手の、おそらくはリーダーと思われる男性が声を荒げられると、途端に観客から鋭い、非難するような視線が飛ぶ。

 実態としては――この言い方はシェリスに失礼か――僕と一緒にセキア先生に魔法を習っていたり、サーモルド騎士団長以下、騎士団の方に武術の稽古をつけて貰っていたり――もちろん、父様が許す範囲でだけれど――見た目通りの非力な女の子というわけではない。むしろ、同年齢の中では頭1つ以上は抜けているのではないかと、僕は判断している。他の、シェリスと同年代の女の子に、シャイナ以外は、ほとんどあったことはないけれど。


「女の子が困っていたら助けに入るのは当たり前じゃない。それも、この件だけじゃなくて、少し前から彼女たちに対して随分な接し方をしていたようね。いくら、冒険者、いえ、冒険者に限った話ではないけれど、自己責任とはいえ、限度があるわ」


 シェリスの視線がちらりと僕を捉えたような気がした。

 気付かれてしまっただろうか。

 別に悪いことはしていないけれど、何となく、気恥ずかしい。


「誰もがお兄様のように出来ると思っているわけではないけれど、節度とか、限度とかって言葉を学んだ方が良いわね」


 横にいる人からの視線がなんとなく恥ずかしい。別に、人に見られることに慣れていないわけではないのだけれど。変な意味ではなく。


「くっ……このっ……黙っていれば偉そうに、この小娘……!」


 男性の方がこめかみに青筋を浮かべて、1歩、また1歩、シェリスとの距離を詰める。

 対照的に、シェリスの方はといえば、どこ吹く風で、まるで意に介していない。

 むしろ、今はシェリスに制されているのだろうけれど、周りの観客(と言っていいのだろうか)の方が先にしびれを切らしそうではある。

 しかし、それよりも先に、ローティス様がシェリスの前に出た。


「ちょっと……」


「シェリス姫。ここは僕に任せてはいただけませんか? 好……気になる方を矢面に立たせられるほど、僕はまだ図太くありませんから」


 完全に自分で対峙するつもりだったらしいシェリスが抗議の声を上げるけれど、ローティス様の方も譲られるつもりは無いらしい。


「何を言っているのですか? これはエルヴィラの問題。ならば、私が解決するのが当然でしょう?」


「ですが、シェリス姫の問題であるというのであれば、僕にその火の粉を振り払わせてください」


 周りで見ている女性から、今の状況を忘れているような、うっとりとされているような声が上がる。

 

「どういう事? それはつまり、私ひとりでは荷が重いって言いたいわけ? いいから見ていて」


「心配しているんです。お兄様でいらっしゃるユーグリッド様がシャイナ姫を想われていることを十分にご存じのはずです」


「お兄様の事は今は関係ないでしょう?」


「いいえ、大ありです!」


 シェリスも、ローティス様も、必要以上に熱くなっている気がする。

 何だか2人が盛り上がり始めてしまい、周囲の人たちの様子も、だんだんとハラハラと見守るような感じになってきている。

 一方、シェリス達と対峙していた男性の方はわなわなと肩を震わせていた。


「どうでもいいんだ! いい加減にしろ!」


 僕が入った方が良いかとも思ったけれど、ローティス様がシェリスに向かってくる相手の事を見過ごされるはずもなく、そして、シェリスが集中を切らすこともなかった。


「うるさいわね!」


「静かにしてください! 今大事な話をしているんです!」


 声を揃えた2人が、同時に魔法を行使する。

 威力のセーブはされていなかったみたいで、男性は派手に吹き飛ばされ、地面の上で伸びてしまっていた。

 

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