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エルヴィラの車窓から 8

「ユーグリッド様。本当によろしかったのですか? もちろん、シェリス姫の事を多少は存じ上げておりますが……」


 心配そうな瞳で、エルマーナ皇女が僕のことを見上げてこられる。

 エルマーナ皇女はシェリスの魔法の実力のほどは、ミクトラン帝国で参加させていただいた開花祭のステージでご覧になっているはずだ。

 もちろんシェリスの事は心配だったけれど、ローティス様が向かわれたわけだし、ここで僕たちまで出向くと「信用できないの?」と逆に怒られてしまいそうだった。

 信用していないのではなくて、心配しているのだけれど、そういうところに気がゆく年頃なのかもしれない。


「大丈夫ですよ。それよりも、僕たちが行くことで、僕たちの時間を潰させてしまう事こそ、シェリスは気にするはずですから」


 もちろん、シェリスは口に出して「気にしている」とは言わないだろう。

 いくら僕自身が気になったのだといったところで、シェリスは納得しないだろうし、シャイナとは違って、僕も納得させられる自信がなかった。


「ですがきっと、シェリス姫はユーグリッド様に追いかけてきていただけたら嬉しいと感じられるはずですけれど」


「ジーナ。もしかして、シェリスたちの事、気になっている?」


 ジーナはもしかしたら、自分の目で直接事の成り行きを確かめたいのかもしれない。

 尋ねると、ジーナは神妙な面持ちで頷いた。

 しかし、シェリスの事だから、ちゃんと勝算があって向かったのだろう。そうでなければ、きっと僕にでもひと言くらい相談してくれるはずだ。

 

「シェリス姫は……ご兄弟想いでいらっしゃいますから、遠慮されたのではないかと」


 ジーナは少し言葉を選ぶようにしながら、シャイナの方へと視線を動かした。

 ジーナが何を思っているのか分からないわけではなかったけれど、僕はジーナを抱きしめ……ることはせず、そっと頭に手を乗せた。


「ユーグリッド様?」


 ジーナが上目遣いに僕のことを見上げてくる。


「ジーナごめんね。それからありがとう」


 このくらいなら、親愛の表現の範疇を出ないのではないか……などと、都合よく考えてしまう。

 そうしていると、エルマーナ皇女からの視線が少し鋭くなっているように感じられた。


「……ユーグリッド様は、シャイナ姫の事はもとより諦めておりましたけれど、ジーナ公女のことも、ジーナとお呼びになるのですね」


 それって、今気にするべき問題かな?

 そう思ったのは僕だけだったようで、エルマーナ皇女は拗ねていらっしゃるように、睨め上げるような表情で、僕のことを覗き込んできていらした。


「ええっと、ジーナのことをジーナと呼ぶのはそう頼まれたからで……僕としては、他国のお姫様には相応の敬意を払おうとしているつもりですから」


 あたふたと答える僕に、エルマーナ皇女はむぅっとした顔つきで迫っていらっしゃる。


「それに私にはいつまでたっても距離を置かれているように話されますし」


 それは距離を置いているのではなく、しかるべき敬意を持って接しているからというか。


「では、ユーグリッド様は、私たちには全く尊敬するべきところもないとおっしゃるのですね」


 シャイナからの、思わぬところからの追及に、慌てて振り返る。

 本気でそう思っているのか、いや、でも、シャイナはあまり冗談を言うような性格ではないし。

 それよりも、何故、シャイナまで?


「義兄様。僕は、義姉様とローティス様のことが気になるのですが。このままでは気になってしまって、せっかくのお食事にも集中出来ないと言いますか、悶々とした気分では味もよく分からないような気がすると言いますか」


「あの、クリストフ様。そうやって、さも、僕が、本当は気になっているのに追いかけようとしないから理由を作ってあげているんだ風に言うのはやめていただいてもよろしいですか?」


 クリストフ様は可愛らしく舌を出された。

 性格も仕草もまるで違うというのに、ところどころでやはりシャイナと姉弟なのだと思わせられて、どうもそれを利用されているような気がするけれど、抗うことが出来ない。


「分かりました。ですが、シェリスとローティス様には気付かれないようにしましょう。僕はシェリスに怒られたくはありませんから」


 クリストフ様と、ジーナと、エルマーナ皇女は「はい」と元気の良い返事をしてくれた。

 この場合、あまり元気があるというのも善し悪しだとは思うけれど、突っ込んでみても、どうせ押し切られるのは分かり切っているので、半ば諦めた気持ちで、シャイナにも確認を取ろうと顔を向ける。


「シャイナも同じ気持ちだということで良いんだよね?」


「私は、クリストフやおふたりのように興味本位というわけではありませんが、シェリス姫を心配する気持ちはあります」


 シャイナが言い終えると、ジーナが楽しそうに手を打った。


「では決まりですね。ですが、やはり気付かれると気まずいと思いますので、物陰からこっそりと窺うだけにいたしましょう。もちろん、本当に危険だと思われた場合は、ユーグリッド様もご随意になさって構わないと思います」


 こういう時の女性の体力というのは目を見張るものがあり、あれよあれよと、僕とクリストフ様の手を引っ張りながらジーナとエルマーナ皇女が楽しそうに駆け出し、シャイナがため息を漏らして、御者さんに説明を済ませたのちに後ろから追いかけてくる。

 探索魔法により、シェリスとローティス様の居場所は特定できている。

 幸いというか、それほど時間が経っているわけではなのだから当たり前だろうというべきか、シェリスとローティス様はそれほど離れた場所にいるわけではなかった。

 それなりに開けた場所で、シェリスと、その後ろから見守るように、はらはらとしていらっしゃる様子のローティス様は、先程の男性冒険者のパーティーと向き合っていた。

 後ろには、庇われるように、女性の方の冒険者のパーティーがおろおろとした様子で立っている。

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