真 デートのお誘い
パーティーなんかのときとは違って、自然体で仲良くできる年下の相手と触れ合うのが初めてのシェリスは、それはもうすごい張り切りようだった。
張り切るとはいっても、その顔は普段からは想像できないほどに緩んでいて、おおよそ緊張感とは無縁のものだ。
「そうでしょうか。ユーグリッド様と一緒に居らっしゃるとき、それからユーグリッド様のお話をなさるときのシェリス姫はいつもあのようなお顔をなさっていらっしゃると思っておりましたけれど」
「そうなんだ」
お城で、僕と一緒に居る時はともかく、公の、あるいは他人がいる場所ではしっかりとしている、いわゆる、言い方は悪くなるけれど外面の良い妹にとっては、そのシャイナの評価は不当なものに聞こえるかもしれない。
もちろん、僕が当事者だから分からないだけで、シャイナのように第三者から見ればまるわかりだったのかもしれない。
「……それはつまり、シャイナはその程度の事ではもう嫉妬もしないってことか」
昨秋には勘違いで怒らせて––嫉妬させて––しまって、エルヴィラまで来させてしまったのだけれど、今はもうそんなことでは怒らないほどに、僕の事を信用してくれたということだろうか。
「そもそも私は嫉妬などしておりませんし、怒ってもいなければ、エルヴィラまでお邪魔したこともございません」
シェリスが近くに居るからなのか、シャイナはどうやらまだ誤魔化すつもりでいるようだった。それはそれで都合のいいこともあるけれど。
「じゃあ、せっかくなら、エルヴィラまで観光に来ないかな? 今ならお祭りもやっていないから混雑もそれほどしていないし、暑すぎるということも寒すぎるということもないから、観光するには丁度いい気候だと思うけど?」
降誕祭のときは、運が悪かったというか、間が悪かったというか、不注意だったのか、シャイナと約束を守ることは––結果はどうあれ、表向きは––出来なかった。
だから改めてという事でもないのだけれど、僕にエルヴィラの街を、一部でも案内させてほしいというか、シャイナに見て欲しかった。
「そうですね。シャイナにとっても、早いうちから他の国を見ておくというのは、視野を広げたりという意味でも、良い経験になると思います」
クリストフ様からお顔を上げられたファラリッサ様も援護をしてくださる。
「ですが、私はエルヴィラには––」
「あなたはエルヴィラどころか、アルデンシアから出かけたことはなかったわよね?」
そういう事になっているらしい。
僕には、というよりも、ファラリッサ様にもばれてしまっているのだから、今更隠す必要性も、隠す意義もないと思うのだけれど。
「毎年、年末の音楽祭の折には、貴女の演奏を聴いた方々から、是非、自分の国へもアルデンシアの銀の姫君をお招きしたいという親書を、たくさんのところから頂いているのよ?」
あんまりやりすぎるとシャイナの身体が持たないかもしれないから、と、今までは断っていらしたそうだけれど、これを機に、と考えていらっしゃるらしかった。
「何より、最初がユーグリッド様とご一緒ならば、私も安心してお預けすることが出来ますから」
「お母様はユーグリッド様のどこを信頼なさっていらっしゃるのですか?」
なかなかに厳しい一言をいただいた。
耳聡く僕の話題を拾ったシェリスが口を開くよりも、ファラリッサ様の方が早かった。
「あなたの事を大好きで、あなたに恋をしていらっしゃるところかしら」
ファラリッサ様はさらりと言ってのけられて、困っているのか、訝しんでいるのか、それとも喜んでいるのか、シャイナが何とも表現しにくい顔をしていた。
すくなくとも、普段は新雪のように白く綺麗な頬が,若干赤くなっていたから、照れてはくれていたのだろうけれど。
「わ、私は今日はこの後勉強をする予定が。イェリタス文明の古代文字の」
イェリタス文明と言えば、大陸に、有史以前にあったとされている文明で、エルヴィラの図書館にも、わずかに文献のようなものが保管されている。
その古代文字の読み解きに関しては諸説あり、消えていたり、空白の部分も多いため、完全な読み解きは困難だというのが通説で、僕もそこまで詳しいことは知らない。
「そんなのいつでもできるじゃない」
それをいつでもできると言ってのけられたファラリッサ様もすごいけれど、そこまで言われるシャイナ姫はもっとすごい。
ほとんど同い年のシェリスだって、普通の学院に通うような子女の皆さんと比べれば、出来る方だとは思うけれど、シェリスがそんなものを読んでいるのは見たこともないし、シェリスから聞かされたこともない。
その後も、シャイナは、メラルッサの定理の新しい証明方法についてだとか、なんだかんだと理由をあげていたけれど、全てファラリッサ様に封殺されていた。
「シャイナがそんなに行きたくないというのなら、無理に誘ったりはしないよ」
こういった言い方、シャイナを煽るような言い方はしたくなかったけれど、いつまでもこうして時間を消費するのはもったいない。
もちろん、僕に付き合ってくれるのならば嬉しいけれど、すること、したいことがあるのであれば、そちらを優先してくれて構わない。
「行きたくないということはありません」
今日のところはシャイナと話すことが出来て満足だったと大人しく帰ろうかと思っていると、思いがけず、声が掛けられた。
「シャイナ姫。どうか私に、貴女にエルヴィラの案内をさせてはいただけないでしょうか」
シャイナが何か言いたげな視線を向けてくれていたので、僕はシャイナの前で出来る限り紳士的に膝をついて、手をとらせて貰った。
「し、仕方ないですね。そこまでおっしゃるのでしたら、エルヴィラまで行くのもやぶさかではありません」
シャイナは澄ました顔をしていたけれど、若干火照ったような頬は隠そうとはしていなかった。




