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エルヴィラの車窓から 4

 さすがに何の準備もせずに海へと行くのは無謀だし、そもそも、シャイナとシェリス、それにジーナやエルマーナ皇女まで一緒に、この観光シーズンの真っただ中に、込み合っているだろうビーチなんかに行ったりすればどうなることか、試してみずとも結果はすでに分かり切っていたので、今日のところは遠慮することにした。

 シャイナ達は普段から慣れているのか気にしている様子はなかったけれど、こうして観光していても、僕たちが馬車を降りるたびに、周りにいる人たちからは小さくないどよめきが広がっているのだ。

 毎度毎度気にしていたら観光なんて出来るはずもないから気にしないようにしていたけれど、海へ行くとなれば話は別だ。

 何せ、海である。

 とくれば当然、水着にもなるだろう。

 普段はドレスを着ているシャイナ達が水着になるとすれば、それはおかしなことを考える輩が現れても不思議ではない。

 そもそも、僕とシェリスは別にして、エルヴィラまで水着を持って来てはいないだろう。

 流石に、いくら収納の魔法があるとはいえ、日常的に水着を持ち歩いたりはしないだろう。普段、水着が必要になる可能性のある場面など、そうそう思いつくものではない。

 もちろん、お城でメイドさんたちに話せば、それはもう目を輝かせてくれるだろうことは簡単に予想できるけれど、とにかく、今、この場では無理だ。

 それに、個人的な独占欲として、シャイナの水着姿なんて、不特定多数の、それも異性の目があるかもしれない場所へ晒したくない。この場合は「シャイナの目に映る」ではなく、「シャイナを目に映す」全てに嫉妬しているというのかもしれない。

 だからといって、お城の生簀を使うわけには当然ながらいかない。

 まあ、せっかくみんなで集まっているのだから、1人が心から楽しめない場所へ行こうなどと、ジーナも、エルマーナ皇女も、本心ではあっても、そこまで本気で考えていたわけではないだろう。

 そのシャイナはといえば、先に戻っていた馬車の中で、何やら落ち込んでいる様子だった。

 何か気にしているらしく、小さくため息をついている。

 多分、せっかく楽しく観光していたのに、自分が子供で、我儘で、皆の気分を害してしまった、なんて考えて、沈んでいるのだろう。

 でも、シャイナがこんな顔をしていたのでは、多分、エルマーナ皇女も、ジーナも、そんなことは望んでいないはずだ。


「シャイナ。そろそろお腹でも空いていないかな? お弁当はないけれど、何か食べたいものを言ってくれれば、どこへでも案内するよ」


 シャイナはしばらく黙ったままだったけれど、ゆっくりと、窓の外へと向けていた視線を僕たちの方へと戻してくれた。


「気を遣わせてしまい、申し訳ありません。もう大丈夫ですから」


 シャイナの浮かべていた笑みは、明らかに落ち込んでいることが見て取れるもので、理由も原因も分かっているために、どうフォローしようかと悩むものだったけれど、ここで僕が何と声をかけても無意味なのではないだろうかということは、薄々感じられた。シャイナが自分で折り合いをつけられるまで待つしかない。


「うん。でも、もうすぐお昼が近いのは事実だからね。シェリスたちの方にも聞いてみるよ」


 僕はシェリスへと念話を飛ばす。

 こちらは大丈夫だからと報告して、お昼の行き先はそちらにおまかせで構わないかと確認を取る。

 シェリスは「任せておいて」といつもの調子だったので、シェリス達もシャイナの事は気にしていないだろうとわかってはいたけれど、少し安心して、シェリス達に昼食の場所は任せることにした。

 おいしいものを食べればシャイナの気持ちも少しは晴れるかもしれない、というのは、甘く考え過ぎだろうか。

 シェリスが御者さんに勧められたのだという食事処へ案内してもらって、馬車を降りる。

 もしかしたら、お城では昼食を用意してくれているかなとも思って、一応、母様には念話を送っておいた。

 昼どきのため、どこもとても混んでいそうだったけれど、街中の詳しいことは御者さんの方が僕たちよりも詳しく――それが仕事なのだから当然で、考えることもおこがましいけれど――何軒か回ってくれるうちに、丁度人が途切れるタイミングのお店を見つけてくださった。

 偶然というか、必然なのだけれど、店の前には冒険者ギルドがあり、そちらでも食事は出来るため空いていたのかもしれない。あるいは、少し遠くだったため、わずかに時間がお昼時からずれてしまったか。

 それに、目の前に冒険者ギルド、つまりは食事を提供してくれるところがあるにもかかわらず、こうして続けられているということは、それだけ味にも信頼がおけるのだろう。元々、御者さんの事を疑ったりはしていないけれど。

 御者さんがお店の方に話しをしてくださっている間、僕たちはしばらくその場に留まっていた。この際、視線は気にしないことにしていた。

 通りがかりの人たちも、あからさまにじろじろとした失礼な視線をくれることはなく、まあ、冒険者のギルドということは、何もエルヴィラをホームとしている人ばかりではないという事もあったのかもしれないけれど。

 とにかく、普通にシャイナ達の美貌に吸い寄せられる視線以外には、特に何事もなく食事が出来るはずだったのだけれど。

 突然、冒険者ギルドの扉が開いたかと思うと、中から女性が飛び出してきた。

 年のころは僕よりは少し下に見える、癖のある短めの濃い茶色の髪をした女性は、すぐに態勢を整えると、油断なく、腰の武器を引き抜いた。

 どうやら――


「兄様はここにいて。私が行くから」


 僕の思考を先読みしたシェリスに機先を制される。

 しかし、武器までもって身を守ろうとしているような喧嘩、あるいは諍いをしているところへ妹を行かせる兄がどこにいるだろうか? いや、いない。


「ユーグリッド様。ここは私が行きますから、ユーグリッド様は皆様をお願いいたします」


 やはり僕が出ようとしたところで、ローティス様に言われて、僕は踏みとどまる。

 確かにシェリスは可愛い大切な妹だけれど、この場にはシェリスだけではなく、シャイナやエルマーナ皇女、それにジーナとクリストフ様もいる。この国の王子としては、この場はシェリスを信頼して、シャイナ達の身の安全を確保するように努めるべきだろう。


「シェリスを頼みます」


 ローティス様は張り切っていらっしゃる様子で、しかし気負い過ぎてはいらっしゃらない笑顔で「お任せください」とおっしゃられた。

 

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