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本気の新婚さんごっことは 4

「じゃあこれで『新婚さんごっこ』の第1の課題、『奥さんの手料理を食べさせ合いっこする』はクリアね」


 いくら嬉しいことだとしても、やはり他人に見られながらというのは変に緊張するもので。

 日ごろからシャイナのことを好きだと言って憚らない僕ですらそうだったのだから、シャイナの緊張は計り知れず、お皿に飾り付けられたマドレーヌを消費して1つ目の課題を終えるのに、たっぷり1時間ほどはかかってしまった。


「どうですか。これで理解していただけましたか」


 シャイナは、おそらく自分では澄ました顔で言っているつもりなのだろうけれど、頬の赤みは完全に抜けきってはおらず、あまり威厳を感じられるものではなかった。


「何をおっしゃるのですか、シャイナ姫。まだ、おやつの食べさせ合いっこを済まされただけではないですか。まさか、たった1つ済まされただけで本気などとおっしゃるわけではありませんよね?」


 その程度、私は平時でもと、ジーナが僕へ意味ありげな視線をくれる。

 ジーナがずっとエルヴィラに滞在するわけではないので、平時でもという提案は実現しそうにないけれど、随分と魅力的に思えた。

 1人の女性として、間違いなくジーナは魅力的だ。

 先日よりもわずかに伸びた、鮮やかな空色の髪も、同じ色の、湖のように澄んだ意志の強そうな綺麗な瞳も、そして、シャイナやシェリスよりも――いや、女性の身体に対する口出し、あるいは明言は避けておこう。

 すっと視線を逸らすと、シャイナが眉を顰めながらこちらを睨んでいるようだった。勘違いでなければ、わずかに頬も膨れているような気もする。


「では、まだ何が足りないとおっしゃられるのですか?」


 そうですねえ、とジーナが考え込むふりをする。


「仕事で疲れた旦那様の肩を揉んだり、マッサージをして差し上げるとか、一緒にお風呂、は定番なのですが、それはもう済まされたとおっしゃっていましたから、後ほど聞くとして、お耳の掃除をして差し上げるとか、後は、素直に抱きしめられること、それから、御一緒にベッドに入られるなどでしょうか」


 シャイナは真っ赤な顔で、


「い、い、一緒にベッドに入ってよいのは、結婚している夫婦だけです!」


 と叫んでいたけれど、


「あら? おふたり、シャイナ姫とユーグリッド様は今はご結婚なさっているのですよね? でしたら何も問題はないのではありませんか?」


 ジーナは平然とした口調でそう言い切った。

 たしかに、結婚後の男女が一緒に寝るのは不自然ではないかもしれないけど、今はその、色々と問題があると思うのだけれど。主に、僕の理性とか。


「で、ですが、今はまだ、ベ、ベッドに入るのには、早い時間ですし……」


 シャイナが余裕のない表情でジーナからわずかに視線を逸らす。

 

「じゃあ、他の事なら出来るのよね?」


 すかさず、シェリスが追い打ちをかける。

 あんまりやり過ぎると、シャイナが怒るというか、拗ねるというか、帰ってしまうかもしれなかったので、追い詰められるシャイナをつい最近も見ていたせいか、心情的にはシャイナの味方をして止めに入ってあげたかったのだけれど、またシェリスにヘタレと言われてしまうかもしれなかったので、僕はハラハラしながら、そしてわずかに期待もしながら事の成り行きを見守っていた。

 僕も大概だと思う。

 その時、シャイナの助けを求めるような視線が、僕の方へとちらりと向けられる。

 シャイナは滅多なことでは他人に助けなんて求めない子だと思っていた。

 それほどの余裕のない状態だという事だろうか。


「シェリス。それに、ジーナとクリストフ様も」


 ローティス様だけは、顔を赤く染めて、少し離れたところからこちらの様子を窺っていらっしゃるだけで、他の3人ほどに積極的ではなかった。

 僕は立ち上がって声をかけると、シャイナとジーナの間に身体を割り込ませた。


「そこまでだよ。あまり無理を迫ってはいけないと僕は思うな」


 いくら遊びとはいえ、そしてシャイナが乗せられたからとはいえ、助けを求めてきた女の子を見過ごすことは出来ない。

 

「兄様はシャイナに甘すぎると思うわ。大体――」


「シェリス。僕がシャイナに甘いのは仕方のないことだよ。もちろん、時には厳しくしなくちゃいけない時もあるのかもしれない。でもそれは僕の役目ではなくて、メギド様――は無理そうだから、ファラリッサ様の役目だと思うんだ。もちろん、すべてを投げ出すわけではないけれど、少なくとも、今目の前で明らかに困っているシャイナを庇う事を、僕は甘いとは思わない」


 途中まではシャイナも乗り気――だったかは微妙なところだけれど、少なくとも、自分の意思で参加していたから止めたりはしなかった。

 けれど、流石に、結婚前の女の子にこれ以上を求めるのは酷なのではないかとも思う。


「……そうですか。残念です」


 ジーナがため息を吐き出すと、シェリスとクリストフ様も肩を落とした。


「ユーグリッド様のご意思を尊重いたしまして、最初はシャイナ姫にお譲りしましたけれど、次は私の番でしたから、シャイナ姫と同じところまでやろうと思っていたのですけれど、途中で止めなくてはならないなんて」


 ん? 今、何かとんでもない言葉が聞こえたような気がしたけれど。


「兄様、忘れちゃったの? 私は仕方なく遠慮するけれど、シャイナが見せたのが見本ということは、それをお手本にして次の人がするに決まっているじゃない。エルマーナ皇女はまだ来ていないけれど、明日ぐらいには来るはずだし、次はジーナの番で、もし望むのなら、その次はエルマーナ皇女の番と決まっていたのよ」


 頭がくらくらしてきて倒れそうだったところを、寸でのところで踏ん張る。


「私は別に気にしません。ユーグリッド様がエルヴィラの国王の地位を継がれても、愛人でも良いんです」


 ジーナは別に無理をしているような口調ではなかった。

 むしろ、楽しんでいるとでも取れる口調だった。


「お父様も、お母様も、ご結婚から10年以上は経っていますけれど、公には見せないおふたりの時には甘々のカップルでいらっしゃいますから、いつ、私の弟が生まれる可能性も低いものではありません」


 それは、まあ、僕が可能性とか、オーリック公国の将来について、どうこう言える立場ではないのだけれど。

 しかし、ジーナは思っていたよりもずっと、すごい女の子だった。



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