本気の新婚さんごっことは 2
そうして、庭から室内へと場所を移して、僕たちの新婚さんごっこが始められることになったのだけれど。
「あの、シャイナ。たしかにやるとは言ったけれど、まだ具体的に何をするのか分からないからそろそろ教えて貰ってもいいかな?」
新婚さんごっこという名前から想像していたのは、やっぱり、結婚したての初々しい雰囲気の2人が少し恥ずかし気にじゃれ合っているようなものだと思っていたのだけれど、女の子の視点からでは違うものだったらしい。
「じゃあ、まずは……兄様はこの部屋で待っていて。くれぐれも、覗きに来たらだめだからね」
と言い渡されて、待つこと1時間ほど。
あまりにも待たされ過ぎて、忘れられてしまっているのではないかと思い始めた頃、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
「国王様。シャイナです。入ってもよろしいでしょうか」
最初、呼びかけられたのが自分の事だと気づくことが出来なかった。
今は相手役をシャイナにして貰っているわけだけれど、僕が結婚しているということは、父様から位を継いでいるということで、国王になっているはずだということは、今のところほぼ確実だった。
「失礼いたします」
声をかけると、両手で台車を押したシャイナがしずしずと入ってきた。
「……あまり、そんな風に見つめられると、その」
「ご、ごめん!」
シャイナは何故か、エルヴィラのメイドさんの恰好をしていた。
よくシャイナのサイズに合うエプロンドレスなんてあったなあと思ったけれど。
「……シェリス姫のお手製だそうです。なぜか、私にぴったりのサイズがあるのだとくださいました」
「……偶然ってあるものだね」
たしかにシェリスとシャイナの体形は似ているけれど。(本人たちの名誉のために、そして僕の身の安全のために、どちらがどうのという明言は避ける)
僕と同じように、シェリスも縫製や裁縫を習っているから、出来ることに全く不思議はないのだけれど。もしかして、これってシェリスが自分で着るために作ったのでは、という質問は辛うじて飲み込んだ。シャイナに聞いても分からないだろうし、何となく、聞くのが躊躇われたからだ。
「時間がありませんでしたので、紅茶しか準備が出来なかったのですが、途中でエルーシャ様がこちらを差し入れして下さいました」
銀のトレイの上には、ふんわりと焼き上げられたマドレーヌが並べられていた。
一体、何故母様はまるでこちらの事を窺っていたかのようなタイミングで差し入れなんて、と思わないこともなかったけれど、気にしてどうにかなることではないし、せっかく母様のお手製のマドレーヌなのだから、黙っていただこうと思う。
でも、その前に。
「シャイナは一緒に食べないの?」
父様と母様だって僕たちと一緒に食卓に着くし、政務などをなさっていらっしゃらないときはいつも一緒にいらっしゃる。食事を別々にとっていることなど、ほとんどない。
「私も一緒に食べるように言われて、いえ、何でもありません。私もご一緒させていただきます」
どうやら、シャイナとしては僕が食べるのを待っているつもりだったのだけれど、シェリスとジーナに入れ知恵をされているらしい。
「それから、ユーグリッド様には、この服の感想をいただくようにと」
感想って、シャイナはいつだって僕にとっては世界で1番可愛いけれど。
「もちろん素敵だけれど、僕個人の感想を言わせて貰えるのならば、シャイナはいつものようにドレスを着ていた方がもっと素敵だと思うな」
本人には言えないけれど、シャイナがメイド服を着ていても、全くメイドさんという気がしない。
それは雰囲気というか、身長というか、体格というか、まあ、とにかく、シャイナは美貌で端正な顔立ちをしていて、どちらかと言えば近寄りがたい雰囲気がある方なので(僕はほとんど気にしたことはないけれど、客観的に見て)はっきり言ってしまえば、メイド服を着せられているお姫様、というようにしか見えない。
けれど、シャイナがもしその事を気にしていたらと思うと、シェリスやエルマーナ皇女、ジーナともすぐに打ち解けていたので問題はないと思うけれど、中々口に出すことは躊躇われた。
「そうですか」
はたしてそれは正解だったのか。
やはり、女の子がおしゃれ? をしていたのだから、何はともあれ、褒めるべきだっただろうか。
いずれにしてもすでに時遅く、タイミングを逃してしまっていた。
シャイナには嘘をつくことは出来ないし、いや、この場合は完壁な嘘だというわけでもないのだけれど。
シャイナの恰好が新鮮で、素敵に見えたのは本当の事だし。
そんなことを考えていると、シャイナは急に申し訳なさそうに、
「1つ、シェリス姫とジーナ公女に言われていたことで、最終的にはユーグリッド様の意見をいただこうということになったことがあるのですが」
あの2人が(特にシェリスが)この手の事で僕に意見を求めることなんてあるだろうか?
クリストフ様ならば、ぎりぎり想像できなくもないけれど、シェリスが僕に相談するという光景はあまり思い浮かべることが出来ない。
「あの、その……」
ここまでわりと、淡々と、あるいは粛々と、おそらくは3人、ないし2人が考えたのだろうシナリオ通りに、シャイナの事だから完璧にこなしてきたのだろうけれど、それは大分恥ずかしいことのようで、わずかに頬を朱に染めながら言い淀んでいた。
「シャイナ。何と言われてここに来たのか、僕にはわからないけれど、シャイナの思う通りにしたら良いんじゃないかな」
もちろん、この遊びをすることになった経緯は覚えているけれど。
「そうですか……分かりました」
シャイナは覚悟を決めた表情で頷くと、何を思ったのか、自分の指でクリームを掬って、そのまま僕の方へと迫ってきた。
シャイナが何をしたいのかは分からなかったけれど、僕がシャイナを拒絶することは、まあ、よほど特殊な状況下でなければあり得ない。
シャイナはそのまま、僕の頬へとクリームをつけると、指に残っていた分はぺろりと舐めていて、何だか僕はその光景にドキドキとしていたのだけれど。
それから、何をするのかと待っていたけれど、シャイナはしばらく頬を染めたまま動かなかった。
「シェリス姫……どうしてそれを。いえ……分かっています。ユーグリッド様。失礼いたします」
次の瞬間、そんなことは記憶の彼方へと吹き飛んでいった。
覚悟を決めた表情のシャイナは、自分でつけた僕の頬のクリームのところへ、キスをした。
いや、正確には唇は触れていなかったので、キスではなかったのだけれど。
「シャイナ!?」
シャイナは顔を真っ赤にして俯いていた。
そんなシャイナの様子はとても可愛かったけれど、そうじゃなく、そんなに恥ずかしがるのなら、やらなければいいのに。




