密室の浴室 4
◇ ◇ ◇
着替えてから部屋に戻ると、予想通りというか、当然というべきか、クリストフ様とシェリスはその場に揃っていた。
2人とも着替えは済ませていて、何故かシャイナの前で正座をさせられていた。
「……クリストフ。何か弁明があるのであれば、聞きましょう」
静かにゆらりと燃える炎がシャイナの背中に幻視される。
「弁明することなんて、僕には何もありませんが?」
クリストフ様はとぼけた表情でちょこんと首を傾げられる。
少年ゆえだろうか、大人の男がやっても気味悪がられる光景だろうが、クリストフ様のそのポーズは非常に可愛らしく、わざとやっているのだとわかってはいても、少なくとも僕には強く出られそうにはなかった。
もちろん、シャイナはそんなことは気にせず、
「物的証拠はなくとも、状況証拠だけで充分です。この部屋に入ることが出来たのはあなたか、シェリス姫しかいません。それから、あなたがユーグリッド様にかけた言葉から推測すれば、犯人はあなたしか考えられません。何か言い残すことはありますか?」
言い残すことって、完全に断罪する気だ。
結局、ロックも解除してくれたのだし、そこまで大事にしなくても良いんじゃないかと思うけれど。
まあ、それは男の僕の意見であって、女の子のシャイナからすれば、顔見知りとはいえ、男性と、タオルだけを巻いた姿で、密室に閉じ込められたのだから、それは言いたい事の1つや2つはあることだろう。
もしかしてこれは、少なくともシャイナに男性として意識され始めているという事なのだろうか?
「姉様」
それまで、黙ったままシャイナのお小言を聞いていたクリストフ様が顔を上げて、シャイナの顔を真っ直ぐにのぞき込む。
「どうしましたか。覚悟が整いましたか」
「たしかに僕は浴室の扉をロックしましたが、姉様ならば簡単に解除出来たはずではないですか?」
僕はしたくなかったから、それにシャイナに頼まれたわけでもなかったので、解除しなかったのだけれど、シャイナが浴室から出たいと本気で思ったのならば、クリストフ様の魔法を突破して、扉をこじ開けることが出来たはずだった。
「そ、それは、こちらのお部屋の扉を壊してしまうかもしれなかったですから……」
それまで優勢だったシャイナがわずかにたじろぐ。
そのすきを見逃さず、クリストフ様はさらに追撃する。
「本当ですか? いえ、毎日姉様と一緒に授業を受けているのですから、僕にはわかります。悔しいことですが、僕の力はまだまだ遠く姉様に及びません。姉様の実力をもってすれば、部屋に損壊を与えることなく、僕の魔法を打ち破るくらいのことは出来たはずです」
クリストフ様は立ち上がったところでシャイナよりも身長は低いわけだけれど、逆にシャイナの方が気おされるように1歩、また1歩と、後ろに下がる。
「そ、それがどうしたというのですか。私が扉を開けることが出来たのかどうかではなく、今は、あなたが私たちを閉じ込めたことに対する追及をしているのです」
「いいえ、姉様。僕は姉様と、それから義兄様を閉じ込めたわけではありません。内側から開けることのできる扉の向こうに押し込めたところで、それは閉じ込めると呼べるのですか?」
普段ならば「可能かどうかにかかわらず、行為そのものを指すのです」くらいは言いそうなものだったけれど、このときのシャイナはいつものように頭の回転が速いわけではなかったらしい。
壁際まで追い詰められたシャイナに、クリストフ様は音を立てて壁に手をついて退路を塞いだ。
見ているこちらがハラハラしてくる。
このままでいいのだろうかと、間に入ろうとした僕を、シェリスが引き留める。
『だめよ、兄様。今、良いところなんだから』
僕の服の裾を引っ張り、ふるふると首を横に振るシェリスは、なんだかとても興奮している様子だった。
僕には、さっきまで優勢だったシャイナが逆転されておろおろしているようにしか見えないのだけれど。
『大丈夫だから、もう少し見ていましょう』
きっと兄様にとっても良い話が聞こえるはずだから、と断言するシェリスに僕は反対することは出来なかった。
「姉様。本当は、ユーグリッド義兄様と一緒に居られて、嬉しかったのではありませんか?」
「あんな状況で、嬉しいも何もありません。たしかにユーグリッド様にお詫びをしなくてはならないとは思っていましたが、それとこれとは話が違います」
「ですが、義兄様は喜んでくださったのではありませんか?」
クリストフ様が首だけをこちらに向ける。
嬉しかったかと言われれば、嬉しかったのは本当だけれど、それ以上に興奮、あ、いや、驚き、困惑の方が勝っていて、それどころじゃなかったというか。
「義兄様もああおっしゃっています。それならば、姉様の本来の目的である謝罪がしたかったということも達成できて、ついでに姉様のジェラシーも解消できる。何か悪いことでも?」
シャイナが頬をかあっと赤く染めて言い返そうとしたところで、扉がノックされる。
「はい」
「ユーグリッド。まだ起きているの? あまりあなたに付き合わせて、シャイナ姫や、クリストフ殿下まで一緒に起きていただいてはいけませんよ。シェリスも。早く寝ないと、明日はおそらくローティス様もいらっしゃるのだし、楽しいのは分かりますけれど、ほどほどにしなさいね」
母様は僕たちの状況を見ても、特に何もおっしゃられず、ただそれだけおっしゃられると、部屋へと引き返された。
「……エルーシャ様もおっしゃられたことですし、今日はもう寝ます」
シャイナは母様の闖入で気がそがれたらしく、ベッドに入って横になってしまった。
シェリスが後を追って、同じ布団に潜り込む。
羨ましいとは思ったけれど、僕がやったら犯罪である。
僕は隣のベッドに横になった。
当然、すぐに寝られるはずもなく、先程までの光景が思い起こされる。母様の闖入がなければ、どうなっていたことか。
「お義兄様」
「はい!」
呼びかけられて、思わず、肩がびくっと震える。
「あと1歩のところ、すみません。今度はもっとうまくやりますから」
クリストフ様の残念そうな声が聞こえた。
いや、もう十分だから! あれ以上は、シャイナが、たとえヘタレと言われようとも、可愛そうで見ていられなかった可能性があるから!
とは言えず、ほどほどにお願いします、と答えたのだった。




