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オーリック公国 47 公女様はちゃっかりしている

 ◇ ◇ ◇



 その日の夜、僕たちは公家のお屋敷で開かれたパーティーに出席させていただいた。

 きらびやかに飾り付けられた会場には、多くの出席者の方が集まっていらして、おそらくはそれぞれのギルドの代表者の方なのだろう。

 僕はシャイナをエスコートして出席された方たちに挨拶をして回った。

 僕がシャイナをエスコートしているのは、昼間の双六の勝者による特権だ。

 双六の勝者にはささやかなお願いをする権利が与えられたので、1番に上がった僕は、シャイナに今夜のパーティーでのエスコートを任せて貰えるようにお願いした。

 シャイナはピクリと肩を動かして、意味ありげな視線をジーナに送っていたのだけれど、ジーナが「私はホストですから、エスコートの必要はありません」と断ると、「勝者のお願いでは仕方ありませんね」と、わずかに頬を染めながら手を取ってくれた。


「とっても素敵だよ、シャイナ。妖精の国のお姫様みたいだ」


 シャイナは白い花柄のレースの入った、薄紫のドレスを着ていて、髪には宝石細工の花と、光沢のあるリボンが輝いている。

 集まった方々は、いわゆる、エルヴィラにおける貴族的な立ち位置にいる方がほとんどだったのだけれど、そんな人たちの中にいても、僕の贔屓なく、シャイナはひときわ輝いていて、称賛の眼差しを集めている。


「……ユーグリッド様も、そのコート、よくお似合いです」


 社交辞令だったのかもしれないけれど、シャイナがそんな風にストレートに褒めてくれたのが嬉しくて、ありがとうとお礼を告げた。

 本来ならば、挨拶回りと言えば、それぞれのギルドへ足を運んで、見学という形でしようと思っていたのだけれど、こうしてパーティーが開かれたことにより、僕たちが向かうまでもなく、各ギルドの代表者の方が僕たちのところへ来てくださっていた。

 その中にはもちろん、僕が最初に訪れることになった鉱山ギルドの方もいらして、嫌みや皮肉ではないけれど、随分と硬い挨拶をされた。

 シャイナのパートナーとして、エスコートする相手としてパーティーに出席しているわけだけれど、僕には父様の、フォルティス国王陛下の名代としての役割もあるわけで、社交を蔑ろにするわけにはいかず、それはシャイナも同じことで、僕たちは一緒に出席者の方々のお相手をしていた。

 

「おふたりはご婚約なさっていらっしゃるのですか? こうして直接見ていましても、とても仲睦まじく映っていましたが」


 僕がシャイナのところへ毎月口説きに――遊びに行っているというのは、大分広がっている話らしかった。エルマーナ皇女は最初の頃はご存知なかったみたいだから、地域によって違うのかもしれないけれど。

 とはいえ、こうして噂で固めていって、という方法を期待していたということはない。あくまでも、シャイナ自身に選んで欲しかった。

 周りがそういう雰囲気だからとか、そういう事で自分の判断を変えるような女の子ではないということは十分過ぎるほどに分かっているつもりだけれど、先日の夜のような事も言いかねない女の子なのだ。

 もちろん、アルデンシアにエルヴィラ派の人たちが増えることは喜ばしいことだけれど(もちろん、そんな勢力があるのかどうかは知らないけれど)、それによる世論などに、少しでも惑わされて欲しくはなかった。

 あくまでもシャイナ自身に「貴方でなくちゃいけないの」みたいなことを言わせてみたかった。

 閑話休題。

 そうは言っても、今ここで事実と反することを言うわけにはいかない。


「いいえ。残念ながら、未だ、シャイナのハートを射止めるには至っていません」


「何と。殿下のような方でも女性関係で苦労されることがおありなのですか?」


 驚かれたけれど、初めて見た時からシャイナ一筋である僕は(告白されたことはあるけれど)女性関係では苦労したという記憶しかない。

 もちろん、つい先日、ミクトラン帝国でエルマーナ皇女に告白されたことを忘れているわけではない。しかし、女性から直接的な告白をされたのはあの件だけだ。エルヴィラなんかで開かれるパーティーに出席して、女性からお誘いを受けることは、それこそ星の数ほどあったけれど、直接的な告白を受けたことはない。

 

「初恋の人が忘れられませんで」


 シャイナがわずかに身動ぎしたように感じられた。

 ここで「シャイナの事だよ」と言っても、いつもと同じように軽く流されてしまうだろうから、僕はシャイナの方を見て微笑むだけにとどめておいた。

 するとシャイナは、珍しいことに、少し困ったような表情を浮かべて、そっと僕から距離をとった。

 離れたといっても、手を伸ばせば届く距離だったけれど、シャイナのこんな反応は初めてだったので、僕は少しおろおろとしてしまった。


「ユーグリッド様」


 そして丁度そこで、運が良かったのか、悪かったのか、ジーナが話しかけてきた。

 今日は鮮やかな空色の髪を結い上げていて、裾の大きく膨らんだ真紅のドレスを纏ったジーナは、着飾っているからか、くびれのある、見事な身体をしていた。

 もちろん、誰かと比べるなんてことはしないけれど。


「もうすぐダンスが始まるという事ですけれど、1曲、お相手願えませんか?」


 近くにいた参加者の方からざわめきが起こる。

 女性からというのもさることながら、相手は公女様だ。

 ダンスが始まるというのは知らなかったので、シャイナに申し込んではいなかったし、シャイナも、目の前で申し込まれた僕に対して「いえ、私と」なんて申し込んでくるような子ではない。そもそも、女性からのお誘いを断るような、そんな風に育てられた覚えはなかった。

 先にシャイナに申し込んでいたらと思うと、少し後悔したけれど、ジーナにファーストダンスの相手に選んで貰ったことは素直に嬉しい。


「謹んでお受けします」


 僕は、見世物のようになってしまったけれど、そっと膝をつくと、出来る限りの誠意をもって、その手を取らせて貰った。

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