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オーリック公国 46 ここからが本当の闘いだったとは想像していなかった 2

 大陸中で大人気である『ファーレン聖王国』シリーズの双六は、サイコロをふたつ振って進めるタイプの双六だ。

 僕たちはシートの上に、色鮮やかな双六を広げて、皆でその周りに座った。

 まず、順番を決めるために、サイコロをふたつ振って、その数字を足すところからスタートだ。


「私は、8ね」と、シェリス。


「2だ」と、ヴィレンス公子。


「私は、7です」と、ジーナ。


「僕は、あ、僕も7です」と、クリストフ様。


 ジーナとクリストフ様が振り直すと、それぞれ4と6だった。


「……私は、3です」と、シャイナ。


 僕は3と2で5だった。

 順番は、合計が大きかった人から始まるので、シェリス、クリストフ様、ジーナ、僕、シャイナ、そしてヴィレンス公子という具合だ。

 僕たちは、順番通りになるように座り直した。


「よーし、私の番からね!」


 もちろんシェリスは、腕まくりをしたり、舌なめずりをしたりなどと、はしたない真似をするはずはない。

 しかし、雰囲気だけはそんな感じに、意気揚々とサイコロを転がす。


「1と5で6ね。えーっと、『あなたは、あなたを追いかけてきた人と街角でぶつかって、ほっぺたにキスをされました』ですって」


 まだシェリスのものしか駒は進められていないので、この場合の追いかけてきた人というのは、自分の次の順番に当たる人の事だ。

 恋人同士でやることを想定しているだけあって、大抵は相手がするものだけれど、今回は次の番の異性という事なので、クリストフ様の事を指すことになる。


「シェリス義姉様。失礼しますね」


 シェリスがそっと目を閉じて、クリストフ様がそのほっぺたに軽く口づける様子は何だか微笑ましくて、僕は穏やかに見つめていることが出来た。

 ヴィレンス公子は少し頬を赤くしながらそれとなく顔を逸らしていて、シャイナは無表情、そしてジーナは嬉しそうにニコニコとその様子を見つめていた。

 次はもちろんクリストフ様の番で、サイコロは両方とも2の目を出した。


「合計は4ですね。『あなたは相手の事を抱きしめて、優しく髪を撫でてあげてください。最後にキスをするのも忘れずに』」


 今回の相手は、クリストフ様の次の番の異性、つまりジーナということになる。

 

「ジーナ様。失礼いたします」


 クリストフ様は座ったままの姿勢で、優しくジーナを包み込むようにして抱き寄せられた後、柔らかな手つきで、いたわるように髪を撫でられて、最後におでこにちょんと口づけをされた。


「次は私ですね」


 わずかに赤らんだ顔で、ジーナがサイコロを手に取る。


「6と5で11ですね。『悪戯妖精があなたの相手を誘惑しています。気持ちのこもったひとことで、妖精さんを追い払ってください』」


 ジーナの視線が僕の背後を捕らえる。そこに『悪戯妖精』がいるという設定だろうか。


「しゃくにさわる妖精さんですね。たしかにあなたがこの方に惹かれる気持ちはわかりますが、この人は私のものですから、どうぞ、別のお相手をお探しください」


 マスの指示には書かれていなかったけれど、ジーナは僕のことを自分のところまで引き寄せた。そのため、その時にジーナが、誰に、どんな表情を浮かべていたのか僕にはわからなかった。

 次は僕の番だ。

 サイコロの目は4と1で5だ。


「『あなたは相手の素敵だと思っているところを3つ、甘く囁いてあげてください』」


 シャイナの好きなところは3つなんかではとても言い切ることは出来ないし、ノートいっぱいに敷き詰めたって、まだまだ足りないだろうけれど、ここでは3つに限定されている。

 僕はシャイナの方を向くと、その手を握って顔の前まで持ち上げた。

 「あっ」とシャイナの花弁のような唇から小さな声が漏れる。

 思わずだったのだろうか。まさか、今更、シャイナがこの程度で動揺するはずもないだろうし。


「きみの髪は、月の光のように銀色でさらさらで、とっても素敵です。宝石のような紫の瞳も、とても綺麗で、僕だけの宝石箱にしまっておきたくなるほどです。花びらのような唇も、思わず触ってみたくなるように可愛くて素敵です」


 本当は手の甲にキスをするつもりだったけれど、それは双六のこのマスの指示には書かれていないので、名残惜しかったけれど、そっとシャイナの手を離した。

 しかし、僕はしばらくシャイナから目を逸らすことが出来ないでいた。

 気のせいだろうか、シャイナもぼーっとした顔で、僕の顔を見つめている気がした。


「2人とも。ゲームが進まないじゃない」


 シェリスの声で、僕とシャイナは同時に我に返った。

 近すぎた顔の距離に驚いて、思わず顔を勢いよく離してしまった。

 もう少しでキスするところだったし、何となくだけど、シャイナもそれを拒まないような気がしていた。少なくともさっきの雰囲気では。

 もちろん、今から迫ったらクールにあしらわれるだろうけれど。

 シャイナは胸を撫でおろしながら、小さく深呼吸をすると、気を取り直したかのようにサイコロを振った。


「3と4で7ですね。『あなたは転んだ拍子にぶつかった相手に押し倒されて、そのまま10秒間見つめ合いました』」


 シャイナの次はヴィレンス公子の番だ。

 マスの指示をシャイナが読んだ途端に、ヴィレンス公子は身体を揺らして、固まってしまった。


「クッションでも持ってきましょうか?」


 ジーナの提案をシャイナは、大丈夫です、と断った。


「ヴィレンス様。深くお考えにならないでください。双六、ゲームですから」


 シャイナが声をかけると、ヴィレンス公子は「そ、そうだな。ゲームなのだから仕方ないな。うむ」と、誰にでもなく言い訳のような独り言を発された後、


「では、シャイナ姫。失礼する」


 シャイナを優しくシートの上に押し倒した。

 ジーナは顔を覆っていたけれど、指の隙間は開いていて、そこから覗いていることはバレバレだった。

 僕は必死に、というほど必死にでもなかったと思うけれど、心の中で「これはゲーム」と繰り返していた。

 きっちり10秒後、やはり真っ赤な顔で固まったまま動けなくなっていたヴィレンス公子を、シャイナが押し戻して、元の姿勢に正していた。


「……失礼した。次は私の番だったな」


 ヴィレンス公子の出した目は、4と5で9だった。


「『あなたは相手と手を繋いでデートに出かけました。次の自分の番まで、相手と手を握っていてください』」


 1周したので、次の相手はシェリスだ。

 ヴィレンス公子が礼儀正しく手を差し出すと、シェリスはわずかに目を細めながら、軽やかにほほ笑んでその手を取った。


「じゃあ、次は私の番ね」


 シェリスがヴィレンス公子と繋いでいない方の手で、ころころとサイコロを転がす。

 そんな風にしながら、僕たちは久しぶりの穏やかな時間を、ときに恥ずかしく、ときに嬉しく、でもやっぱり大半を恥ずかしいような、くすぐったいような気持になりながら、一緒に楽しく過ごした。

 


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