オーリック公国 43 騒動 21
「それに、くだらない正義感とは、全くもって心外です。目の前で、女性に限らず、困っていらっしゃる方がいて、自分に手助けができそうならば、手を差し出すのは当然の事ではありませんか?」
たしかにきれいごとではあるけれど、今この場ではその言葉こそが力を持つ。
人は誰しも、弱い方に味方したいという意識がある。しかし、実際にはそうはなっておらず、強い方の意思に追従するしかないというのが現状だ。
例えば今の状況では、たしかにジーナは、立場としては公女という、このオーリック公国でもかなり強いものの上に立っている。対して、大声を上げて――怒鳴りながら――武器を振り上げている男性たちは、おそらく、社会的な立場としては弱く、従っている側の人達だろう。
しかし、実際の、見た目の構図的にはどうだろうか。
ジーナの見た目は、可憐な、か弱そうなともとれる、1人の女の子だ。
鮮やかな空色の髪も、同じ色の大きな瞳も、整った目鼻立ちも、普通の、と称するには些か語弊があり、周りを見渡してみても、滅多にいないレベルでは美少女だけれど、年齢的にはまだ大人とは呼べない、力無い女の子であるということは疑う余地もないだろう。
もちろん僕は、ジーナがしっかりと自分の意思を持っていて、ただ守られているだけのお姫様ではなく、1人の公家の人間として、この国の事を考えているのだという事を知っている。そうでなければ、あんな風に、武器を持った、暴徒と化したと言うと言い過ぎかもしれないけれど、そんな人たちの前で、堂々と宣言が出来るはずもないだろう。
そういった、ジーナの素敵な内面の性格はともかく、外見的には学院に通っていても何ら不思議ではない程度の女の子であることには違いない。
そんな女性に手を貸そうと思わない男性がいるだろうか?
「ユーグリッド様」
しかし、やはりジーナはただ自分は奥に引っ込んでいて、他人に任せているような、そんな女の子ではなかった。
「おい、今、公女様が『様』と敬称をつけていたぞ」
「どういうことだ? 実はただの顔が良いだけの魔法師じゃなくて、親族の誰――いや、どなたかなのか?」
「それにちゃんと見れば、結構、いいえ、かなりイケてる方じゃない」
「もしかして、他国の貴族の方でいらっしゃるのかしら」
何だか周囲がざわざわとし始めてしまった。
こちらに注目して、だいぶ落ち着いてきたのは喜ぶべきことだけれど、今度は別の意味でざわざわと妙に、特に女性の方々は僕とジーナとの関係を探る、あるいは想像されているのか、色めきだってきていらっしゃる。
しかし、先程までの空気感に比べればかなりマシだろう。
ジーナに対してかなり強引な手段に出ようとしていたと思われる彼らは、集まってくださった方の影響もあり、そこまで強くは出ることが出来ていない。
ここで強引に出たところで、すでに、他の人たちが聞くための体制を整えようとしてくださっている段階では、むしろ、自分たちの形勢が悪くなると判断されたのだろう。
そして、僕たちの演説を聴きに来てくださった人たちが取り敢えず落ち着かれた頃合いを見計らって、より正確に言うのであれば、落ち着かれるまで待ってから、ジーナは口を開いた。
「私がここへ来たのは他でもありません。皆さんもお気に病んでいらしたであろう、今回の騒動のご説明と、現在対応に追われていらっしゃるお父様の代理として、皆様の声を聞かせていただきに参りました」
ヴィンヴェル大公とミーリス様は、当然、今も公家邸宅に詰めていらして、そちらに詰めかけられた方たちのお相手をなさっているはずだ。
しかし、当然、建物、あるいは部屋には許容できる人数が決まっているし、意見、不満、請願、その他色々と、考えていることはあるけれど、それを発言にゆける勇気がない、そんな人たちもいるはずだ。
実際、僕たちがリーベルフィアで、時折、街へと直接出かけるのは、そういった話を聞くという事も重要な仕事の1つであると父様は考えているからだ。もちろん、それは代々受け継がれてきた考えなのだろうし、僕も素晴らしい考えだと思っている。
オーリック公国の政治体系は詳しくは分からないのだけれど、おそらくはそういった機会は少なかったのではないかとも考えられる。
もちろん、他国の政治にあれこれと口出しをできる程、僕は出来た人間ではないので、このオーリック公国でも、ギルドごとの代表が集まって行っているという会議に何か言えることなどはない。
僕がこのオーリック公国で出来ることといえば、今まさに表立ったジーナに寄り添う事くらいだ。ジーナが、僕が傍にいて手を握っているだけでいいというのならば、喜んで僕はそうしよう。
「皆さんもすでにお聞き及びの事とは思いますが、今回の騒動の原因は確かに私たちにあるのでしょう」
ジーナはそういうけれど、事の真相を知っている僕からすれば、少々言い過ぎだとも思う。
今回の騒動、引き起こしたのはポシスギルド長――あるいは元ギルド長――で、彼が何らかの目的のために前々から、例えば僕たちが観光案内をしていた時に出くわした言い争いの現場に発展するような、そんな元を仕込んでいたのだろう。それについては、フェイさん達が尋問――話し合いの結果により入手しているだろうから、ここでの憶測による発言は避けるけれど、とにかく、そこまでの原因が公家の方たちだけにあるというわけではないだろう。




