誕生日パーティー シャイナ姫の10歳の
当日。
そうだろうとは思っていたけれど、僕達がアルデンシアのお城に辿り着いたときには、すでにお城の前に馬車の行列が出来ていた。
こんな事態を想定して、早めに出かけてきたのだけれど、やはり、アルデンシアに住んでいらっしゃる方に敵うはずもなかったらしい。
「シェリスはプレゼントは用意できたの?」
「もちろんよ。これから冬になるし、寒いといけないから」
シェリスは、本当は白いのが良かったんだけどそれはやめにしておいたわ、と、シャイナ姫の髪と同じ、銀の革の手袋を見せてくれた。
「兄様は? やっぱり、あのドレスにしたの?」
「うん。もちろん、多少の丈の調整とかはしたけれどね」
もちろん、パーティーに出席したりするためのドレスではないし、サイズも直接測ったものを知っているわけではないから、多少の誤差はあるかもしれないけれど。
ついでに、お祭りのときに出来なかった、あの時の誤解を解いてもおきたい。
あのドレスでどこまで信じて貰えるか分からないけれど、シャイナ姫の事だけを考えて縫製したものだ。仕上がりに関して言えば、時間をかけた分だけ、手直しする前よりも良いものが出来たのではないかと思っている。
「まあ、でも、シャイナ姫もシェリスと同じで成長の真っ盛りだろうから、すぐに着られなくなってしまうんだろうけれどね」
それは少し残念なことでもあるように思えたけれど、嬉しさの方が勝っていた。
シャイナ姫が歳を重ねて成長しても、僕との年齢差が縮まることはない。
今日、シャイナ姫が10歳の誕生日を迎えて、一時的には僕との差が1歳分だけ縮まるけれど、この春にはすぐにまた同じ分だけ開くことになる。
「それでも良いんだ。今、僕がシャイナ姫に贈ることの出来る、贈りたいと思える最高のものを用意できたからね」
いらない、或いは趣味じゃないと言われるかもしれない(口には出さないだろうとは思うけれど)。
色々考えたけれど、やっぱり貴金属、指輪とかの方が良かったと思われるかもしれない。
でも、後悔はしないだろう。
「拝見いたしました。ユーグリッド様ならびにシェリス様。ご案内いたします」
そんなやり取りをしている間に、馬車はアルデンシアのお城の門まで到着していたらしく、停車、或いは本当にゆっくりとしか進んでいなかった馬車が緩やかに進みだし、正面玄関と思われるところで再び停車した。
外から馬車の扉が開かれたので、僕は先におりて、シェリスに手を差し出す。
先に到着していた、招待客だと思われる方達が足を止めて僕たちの方を振り返っている。
「ユーグリッドエルヴィラ第1王子様よ」
「では、隣にいらっしゃるのがシェリス姫でいらっしゃるのね」
声をかけてこられた御婦人方に挨拶をお返ししながら、会場の方へと足を向ける。
もちろん、シェリスに向けられる男性の視線に気がつかないわけではなかったけれど、僕の手をとって歩くシェリスは、別段気にしている風でもない、というか、むしろ全く気にしていない様子だったので、僕は内心で胸を撫で下ろしていた。
「心配しなくても、私だってもう子供じゃないんだから大丈夫よ」
いや。まだまだ、世間的に見ても、僕の気持ち的にも、シェリスは十分過ぎるほどに子供だろう。
それは、たしかに、普通の家庭の子達よりは、身内びいきになってしまうかもしれないけれど、随分としっかりしているとは思う。
「じゃあ、シャイナと会っても、大人げない真似だったり、煽るような真似はしないよね?」
そうやって先にくぎを刺すと、シェリスは思い切り顔を顰めた。
◇ ◇ ◇
「皆、今日は私の娘、シャイナの誕生日に集まってくれて、嬉しく思う」
会場の壇上でのメギド国王様の挨拶と共に、シャイナ姫の誕生日をお祝いするパーティーは始まった。
出席者の方達が皆、順番に列を作っているわけではなかったけれど、壇上で真ん中の席に座っているシャイナ姫のところへ、絶え間なく挨拶に向かっている。
「兄様。てっきり1番に行くものだと思っていたわ。なんでそうしなかったの?」
シェリスが非難するような瞳を僕に向ける。
「自慢じゃないけれど……僕の後だと他の出席者の方が行きにくいんじゃないかと思ってね」
比べたくなくとも、比べてしまうのが人の性ともいえるものだ。
もっとも、そんな風に他人に配慮しただけではなく、最後に渡した方が印象に深く残ってくれるだろうとも思っているけれど。
この会場にいる、何百か、もしくは何千、あるいはそれ以上かも分からない招待客の方達に混ざって途中でプレゼントを渡してしまったら、それこそ中に埋もれてしまうかもしれない。
「そんなこと言って‥‥‥もし、前の人たちがシャイナ姫に指輪でも渡して求婚したらどうするつもりよ」
「それは順番に関係なく、仕方のない事だし、僕にはどうすることも出来ないんじゃ‥‥‥」
人を好きになるのは誰にでもある平等な権利だし、僕だって何度もシャイナ姫には求婚を申し出ている。
シャイナ姫に選んでもらえるように努力は続けているつもりだけれど、最後に選ぶのはシャイナ姫自身なわけで。
「ああ、もうっ! 兄様はまどろっこし過ぎるわ」
しびれを切らした様子のシェリスに手を引かれて、参列者の最後に僕たちも並ぶ。
多くの、ほとんどの人が、自分の贈り物と他人を比べているのではないだろうかと、壇上を降りた後も、視線をちらちらと向けている。
「お誕生日おめでとう、シャイナ」
僕とシェリスがシャイナ姫の前に姿を見せると、案の定、会場にはざわめきが広がった。
それまで笑顔を浮かべていたシャイナ姫は、驚いたように、数度、目を瞬かせた。
「……いらっしゃらないのではないかと思いました」
皮肉かな。
それとも照れ隠しだろうか。
別に焦らしていたつもりではなかったんだけど。
「来てくださったんですね!」
ファラリッサ様が嬉しそうなお顔で手を合わせてくださって、大きな椅子から立ち上がろうとなさって、隣にいらっしゃるメギド様と、お医者様と思われる人たちに止められていた。
「ごめんなさい。本当は身内だけのパーティにして、あなた方だけを呼びたかったのだけれど……」
ファラリッサ様は口には出されなかったけれど、まあ、おそらくは、貴族の方からの横やりが入れられたのだろう。おそらくは、エルヴィラ派ではない方達からの。
「いえ。こうしてシャイナ姫のおめでたい日をお祝いさせていただき、大変感謝しています」
また後でね、とシャイナに言い残して、僕達は次の方に順番を譲った。




