オーリック公国 41 騒動 19
どれほど追いかけっこを続けたことだろう。
逃げ回っている間に確認した限りでは、十分に騒動は沈静化されているのではないかと思わさせられた。
この追いかけっこも、それほど長くは続かない。おそらくは、ヴィンヴェル大公とミーリス様の開かれている会談が終われば、その内容の伝播と共に収束することだろう。
シェリスはよくお城の中でも庭でも走り回っているし、クリストフ様とヴィレンス公子に関しても問題はないだろう。
気がかりなのは、シャイナの事だ。
確かに魔法やその他の技能に関してはあまり心配は必要なさそうだけれど、あまり体力があるようには見えないから。
ジーナにはこうして僕がついているから、大抵の問題は何とかなるだろう。僕が油断さえしなければ。いざとなったら、僕が抱えて走ればいい。
もちろん、ヴィレンス公子とシャイナを信じていないわけじゃない。
ヴィレンス公子は少なくともシャイナに求婚するくらいには惹かれているわけだし、ならば、全霊をもってシャイナの事は守り通すだろう。少し思うところがないわけではないけれど、僕と同じ気持ちでいるのだろうから、信頼できる。
それでも、信頼しているというのと、心配しないでいるというのは別の気持ちだった。
もし、シャイナに何かあったらと思うと、どうしてもそちらの方に気がとられてしまう。
かといって、向こうの状況も僕たちと同じだろうし、念話を送って集中力を乱す(そんなことくらいではシャイナは集中力を乱すようなことはないと思っているけれど)ことはしたくなかった。
「ジーナ。大丈夫?」
繋いでいる手の方を振り返りながら尋ねる。
「はい。まだまだ余裕はあります」
そう言葉では言いつつも、若干息が上がってきていて、頬も上気してきている。
もちろん、空を飛べば体力的には問題なくなるかもしれないけれど、その場合、僕たちには追い付くことが出来ないとあきらめて、シャイナやシェリスたちの方へ人が流れていってしまうかもしれない。
そんな事態はジーナも望まないだろうし、僕も避けたい。
出来れば、この前のように話し合いで解決したいけれど、もし、彼らが、今、公家のお屋敷で話し合いが行われていることを知っていて、それによる完全な決着の前にどうしても公家の人間を始末してしまいたいというような過激な考えを持っている場合、そもそも、こちらの話を聞いて貰えるだろうかという問題になる。
黒幕、ポシスギルド長の本当の目的は分からなかった、もしかしたら、現在の公家に成り代わってと考えていたのかもしれないけれど、少なくとも、現在、ヴィンヴェル大公の話に応じている人たちの中にはそんな方たちはいないだろう。いたならば、それはそれで、あちらで対処されるだろうし、僕たちが気にするべきことではない。
それにしても、いずれ収まるかとも思っていたけれど、やはり、1度はジーナが自ら話を聞かなければ収まらないのかもしれない。ジーナはこのままいけば次代の大公の地位を引き継ぐだろう。その時に――
「ユーグリッド様」
彼らを引き連れながら公家の邸宅へ戻り、後はヴィンヴェル大公とミーリス様にお任せしようと思っていたのだけれど、ジーナに袖口を引っ張られた。
「シェリス姫やシャイナ姫との距離も大分稼ぐことが出来ましたし、このままお父様たちの話し合いが収まるまでずっと逃げ回っているというわけにも参りません。私は皆さんのお話を聞きたいと思っているのですが、一端、止まってはいただけないでしょうか?」
あの場ではとりあえず逃げることが最適だったはずだけれど、大分走り回った――僕たちは飛び回ったりもした――し、彼らの頭も少しは冷めているころかもしれない。
加えてこちらは2人で、ここは街中だ。彼らに有利なフィールドとなれば、話を聞いてもらえるかもしれない。
もちろん、不安が全くないわけではないけれど、ジーナのことは僕がしっかりと周りを見ていれば、危害を加えられることもないだろう。
何より、これはオーリック公国の問題で、その公女であるジーナがそうするべきだと思ったのなら、それはそうするべきなのだ。
「分かったよ。だけど、ここは狭い路地で、あまり話をするのにはふさわしくないんじゃないかな。もっと、大勢が集まることのできる場、それも、すでに冷静さを取り戻しているだろう人達が多くいる場に戻ってからの方が良いと思うけれど」
公家邸宅でも同じように話し合いの場が設けられていることだろうけれど、それに直接参加できなかった人たちは思いを燻らせているのだろう。
ならば、その人たちの声が届く場所で、ジーナが直接話を聞くのが、彼らにとっても、それから、僕たちにとっても良いはずだ。
ギルドに入り込んでいた時の感触からすると、全員が全員、不満を募らせているわけではないだろうから、打算的かもしれないけれど、僕たちの味方になってくれる人たちも多くいるかもしれない。例えば、シャイナやジーナ公女、それに僕やクリストフ様、ヴィレンス公子が訪れたギルドの人たちなんかは。
「それならば、ここを抜けた先の噴水のある広場が良いかと思われます。それぞれのギルドからの距離も同じくらいですし、何より、この時間でしたら、人の目が多く集まっていることでしょうから、大っぴらには事を起こすことはなされないはずです」




