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オーリック公国 31 騒動 9

 先日潜入した、もとい、訪れた際の経路は、僕もシャイナも鮮明に覚えていたため、道に迷うことはないように思えた。

 僕たちが出入り口の門で見張りの人たちを眠らせてからまだ数分、流石にまだ異常事態だという事には気付かれていないようだった。

 

「ふた手に分かれましょう。商人ギルドの方から調べるか、直接この屋敷に乗り込むかです」


 どちらも調べる必要があるのだけれど、まとまって1つずつ調べていたのでは時間がかかる。

 とりあえず、分かっている問題としては、商人ギルドの床に取り付けてあった隠し扉から地下へとつながる通路と、その先の偽硬貨を保管している施設だけれど、今の状況を考えるに、そこに本人がいるとは考えにくい。

 まず間違いなく、今、街中で起こっている問題の状況を確認することのできる位置取りをしているだろう。つまりは、このギルドの裏手にある、本人の屋敷の中だ。

 分かれ方はすぐに決まった。僕とシャイナ、そしてジーナ公女のチームと、シェリスとクリストフ様、ヴィレンス公子のチームだ。

 まず、僕とシェリス、シャイナとクリストフ様が別々になることは決定だった。同じ国の代表ともいえる2人が同じ場所にいて、2人ともの身に同時に何かあったら一大事だからだ(それならば、この調査自体、諜報部やらに任せればいいのではという問題は考えないことにしていた。なぜならば、国で起こっている問題は責任のある地位にいる僕たちが、というのが、ここに集まっていた僕たちの共通の認識だったからだ)。

 男性陣、女性陣だけで固まるという話は、話題として浮かびすらしなかった。

 では、僕とクリストフ様、ヴィレンス公子がどうやって分かれるのかと言えば、まさか、最も年長者である僕のところに男性が固まるわけにもいかない。たしかに、シャイナとクリストフ様では、シャイナの方が魔法の実力的には、つまりはっきり言ってしまえば戦力としては上なのだけれど、そういう問題ではなく、紳士としての僕たち男性陣の気持ちだった。

 この期に及んでプライドなどと言っている場合ではないのかもしれないけれど、僕たちは3人とも、頑なに、そこを譲ろうというつもりはなかったし、女性陣からも特に突っ込まれたりはしなかった。


「こういう無駄なところで時間をとられるわけにはいきません。皆さん、覚悟はできていますかなどと尋ねることすら野暮でしょうから」


「そうだな。では、ユーグリッド王子。貴方たちはこのままギルド長の屋敷の方へ向かってくれ。女性を長く移動させるのは忍びない」


 シェリスは「私も女性なんだけど」などという突っ込みをしたりはせず、「それがいいわね」と頷いていたため、僕たちも揃って頷きを返した。


「少しでも非常だと思ったら、あるいは何かあった場合には、すぐに念話で僕に連絡をください。今回の潜入調査での最終的な責任は僕が持ちます」


 ここにいる僕たちは、立場的には全員がほとんど同一だったけれど、それでも、万が一の有事の際に備えるためにも、一応の責任者というか、決定権を持つ役柄は必要だ。そしてそれは、最年長者である僕の役割だろう。

 異論もないようで、全員が「わかりました」と頷きを返してくれた。


「それでは皆さん。本当は時間がないのでこのまますぐにと、行動へ移りたいところなのですが。良いですか、決して、自分が犠牲になれば良いなどという考えはしないでください。まあ、『お前が言うな』と思っているでしょうから、これ以上は話しません。皆さんにセラシオーヌ様のご加護があらんことを」


 それ以上の無駄口は叩かず、シェリスとクリストフ様、ヴィレンス公子はそのままギルドの中へ。


「僕たちも行きましょう」


 2人だったら(誰と、とは言わないけれど)お姫様抱っこのように抱えて飛び越えるのだけれど、3人ではそうはいかないので、僕とシャイナとジーナ公女は、それぞれ同時に地面を蹴って、空中に身を躍らせた。

 うん、まあ、いいんだけどね。

 2人とも十分に慎重だし、問題解決に対する強い意志も感じるのだけれど、もう少し、状況を考えて欲しいんだよね。

 例えば、僕よりも先にジャンプすると、僕の目の前にどんな光景が広がるのか、とか。

 いや、僕も出来る限り紳士としての行動を心掛けてはいるけれど、流石に前を向かずに飛ぶのは危険すぎるわけで。

 当の2人の姫君は、全くそんなことを考えてすらいないのだろうなとは思っているけれど、僕だって、一応、1人の男性なのだけれど。

 残念(幸運?)だったのは、夜中で、かなり光が薄かったという事か。

 もちろん、2人は、今は重大な行動中で、そんなことを気にしていないのだろうけれど。その集中力は称賛に値するけれど、もう少し淑女としての――


「ユーグリッド様。何をお考えなのですか?」


 自らの思考に囚われていた僕を現実へと引き戻したのは、シャイナのじとっとした視線と、呆れたような声だった。


「集中なさってください。それとも、待っていてくださっても構わないのですよ」


「行く、行くよ。ごめん、もう大丈夫」


 個人的には少々理不尽だとも思わないでもなかったけれど、眼福とか、まあ、うん、悪かったのは完全に僕の方なので、素直に頭を下げた。


「私たちがギルドの方へ向かった方が勝手が分かっていて良かったかもしれませんが……」


 シャイナのつぶやきにジーナ公女が首を傾げている。


「勝手が分かっているとは一体? もしかして、シャイナ王女は先日雇われていた際にそんなところまで?」


 独り言に反応されるとは思っていなかったのか、シャイナが珍しく少しばかり焦ったような顔をしていた。

 別に話してしまっても問題はないと思ったけれど、今はその時間も惜しい。後でまとめて報告書を作成するときにでもちょちょっと話せば良いだろう。


「ジーナ公女。そろそろ、相手側にも気取られる恐れがあります。ここから先は、念のため、念話での会話を主としましょう」


 念話は必要な時に魔力を消費するだけだし、迷彩や幻術の魔法よりは消費は抑えられる。おそらく、ここにいる3人、もっと言えばシェリスたちも含めて6人はその程度で魔力量がピンチになるという事もないだろうけれど、念には念を、だ。


『分かりました』


 確認と了解の意を込めて、シャイナとジーナ公女、2人とも念話で返事をしてくれた。


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