オーリック公国 28 騒動 6
どうやら僕の訴えは、少しは、彼らの心を動かすことが出来たようで、一応、ジーナ公女の話を聞いてはくれるようだった。
彼らの手にしていた武器が下がる。
良かった。話し合いで済むのであれば、その方が良いに決まっている。
「ジーナ公女。御父上、ヴィンヴェル大公陛下とご連絡を取ってはいただけますか。出来れば今すぐが好ましいのですが」
いずれ必ずと約束しても、所詮はただの口約束だと思われては、今、まさに起こっている騒動の流れに逆らうことは出来ない。
いつ、彼らの心にまた、こちらに対する不信感が舞い戻っても不思議ではない、非常に危険なバランスの上に、今の状況は成り立っているのだということを忘れてはならない。
「分かりました」
ジーナ公女が念話を送られている間、僕はずっと緊張を切らすことなく、辺りを警戒していた。
「あなた方も御仲間の方々と連絡を取る手段はお持ちですよね? それで、とりあえず一端は矛を収めてくださるように通達してはいただけませんか?」
一応、今のこちらの状況はシェリスや、そしてシャイナ達にも念話を送ったので、彼女たちならば上手く治めたことと思う。
しかし、念のために、こちらからも、彼らの方法で自分たちの仲間を止めて貰いたかった。
これだけ大掛かりな事を起こしたからには、まさか相互に連絡を取り合う手段を用意していないということはないだろう。
「なあ……」
「分かっている……」
彼らは顔を合わせて何かを確認した後に頷き合い、腰に下げていた皮の袋から、大事そうに紙とペンを取りだした。
彼らが書き終えると、それはひとりでに鳥の形に折られて、パタパタと飛んでいった。魔法を使ったような反応はなかったから、おそらくは元々、メッセージを綴った場合にそうなるように魔法が準備されていたのだろう。
つまり、彼らの仲間には魔法師がいるという事で、ともすれば、シャイナやシェリス達の方が危険な任に就けてしまったかもしれない。とはいえ、あの時点ではこうすることが最良の選択であったはずだし、今から考えても仕方ない。2人と、それからクリストフ様、ヴィレンス公子を信じて待つよりない。
そう思っていたのだけれど、いつまで待っても、火の手が消えることはなかった。
「お待たせいたしました、ユーグリッド様。どうかなさいましたか?」
おそらく僕が眉を寄せて、何か思いつめているか、考え込んでいるかのような顔をしていたからだろう。大公陛下との連絡を終えられたジーナ公女が、緊張気味の表情で声をかけてこられた。
「いえ。ジーナ公女が気になさるような事では……失礼いたしました。こちらでもシャイナ達に連絡はしたのですが、ご覧になっていただける通り、いつまでも煙が立ったままですから」
今は話し合いに集中して欲しかったし、僕の感じている不安のようなものも、まだ漠然とし過ぎているものだったため、耳に入れるべきか考えたのだけれど、このような状況では、些細な情報でもあった方が良いだろうと考えた。
彼らの表情を窺っても、仲間と連絡を取ったという話に嘘はなさそうだったし、態度からもとりあえずは矛を収めてくれているように感じられている。
とはいえ、彼らが仲間と連絡を取ったところで、おそらくはこちらの話に乗るべきだろうと結論が出るだろうことは予想している。
彼らとて、無益な争い、そのものがしたいわけではないだろうし――その場合はどうしようもないわけだけれど――何より、ヴィンヴェル大公やミーリス様、そしてジーナ公女の近くへと近づくことのできる状況だ。
彼らの中でも、穏健派と過激派がいることだろうけれど、それならば、過激派が『相手の意図はどうあれ、公家の人間に近づくことが出来るぞ』そう思ってくれることだろう。
まず、今回の目的が本当はどこなのか分からないけれど、今しがたの彼らの言葉から考えるに、すくなくともジーナ公女の身柄を狙っていたことは確実だ。
「分かった。だが、こちらとしても準備がしたい。このまま我らだけでというわけにもいかない。数日の期間をいただきたい」
当然の要求だと思っていた。
ジーナ公女も、もちろんですと静かに頷いている。
「お兄様」
そこで、ようやくシェリスが戻ってきた。もちろん、クリストフ様も一緒だ。
「2人とも無事なようで何よりだよ」
「ありがとうございます。あとは姉様とヴィレンス様がお戻りになられれば万事うまくゆくのですが」
舞い降りてきた2人の姿に息をのむ音が聞こえてきたけれど、シェリスも、クリストフ様も全く気にしている様子はなかった。
「そうだね。一応、念話では大丈夫だと言っていたけれど……シェリス、どうかしたの?」
シェリスはここへ戻って来てからというもの、一応、挨拶はしたものの、それ以上口を開くようなことはなく、じっと僕とジーナ公女のことを見つめていた。正確には、僕とジーナ公女が繋いでいる手の辺りを。
「兄様。いつまでそうしているつもり?」
「いつまでって、とりあえずジーナ公女が安心できる間はずっとかな……?」
私が聞いているんだけど、とシェリスが一層視線を厳しくする。
「お待たせ致しまし……た」
シャイナと、少し遅れてヴィレンス公子が、戻って来て、シャイナが地面へと降り立つと、何故だか、花びらが舞い起こる光景を幻視した気がした。
シェリスが、あーあ、と言いたげな表情を浮かべた。
「お父様――大公陛下との連絡も取れました。私のサインで構わないとご許可をいただけたので」
ジーナ公女はサインをするために手を離されるかと思ったけれど、収納していた紙とペン、そしてインクを取り出されて、空中でペンを動かされて、さらさらと必要事項を書き込まれた。
「こちらを保管なさって、後日、そちらの意見がまとまってからで構いません。むしろ、まとまってから、いらしてください。その証書を見せれば、門衛の方も通してくださるはずです」
一応、証書には、偽造防止等の契約に関する魔法を使用している。
勝手に改ざんされることはないだろう。
「分かった。俺たちだって、聞いてもらえるのなら、文句はない」
彼らは丸めた紙を持って、揃って引き返していった。




