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オーリック公国 27 騒動 5

 振り返る前に、反射的に背後へと障壁を展開する。

 声の出どころからは距離がありそうだったけれど、緊急の事態にそんなことを考えてはいられない。

 僕はジーナ公女に覆いかぶさるようにしながら地面へ伏せた。


「男と一緒にいるぞ!」


「あいつも魔法師だ!」


 すぐにジーナ公女を連れてここから離れるべきだろうか?

 いや、それでは事態は何一つ好転しないし、僕たちが一緒に来ている意味もなくなる。何より、逃げたところでどのみち追いかけて来られるのだろうから意味はない。むしろ体力と魔力の無駄遣いだとも言える。

 僕の役目は、ジーナ公女が安全に話を出来るための場を作ることと、その手助けだ。


「話を聞いてください」


 ジーナ公女が胸の前で手を組みながら訴えかける。

 しかし彼らはジーナ公女の言葉に耳を貸すことはなく、


「話を聞いてもらいたいのはこっちの方だ!」


 彼らが手にした武器――細長い木の棒や、鍬や鋤――を振り上げる。

 勢いよく振り下ろされたそれは、僕の障壁に弾き飛ばされて、彼らの手を離れ、地面の上に転がった。


「話を聞いてもらいたいとおっしゃられながら、何故そのように武器を振り上げたり、暴力的な手段に出るのですか?」


 本当に理解できない。

 それは「話を聞いてもらう」ではなく「話を聞かせる」だろう。

 それでは暴君になってしまう。暴力的な意味での恐怖政治だ。


「ちっ、やっぱりこいつ魔法師だ。流石に公女の護衛だけのことはあるという事か」


 しかし、彼らは僕の言葉には答えてくれず、1人が指笛を鳴らすと、たちどころに僕たちがいる建物の屋根の上へと人が集まってきて、あっという間に僕たちのことを取り囲んだ。

 もちろん、空を飛んだり、目くらましだったり、逃げる方法は――それから当然制圧する方法も――いくらでもあったけれど、この場は彼らの話を聞かずには収まりそうもない。


「とりあえず、武器を下ろしてはいただけませんか。それらが何の効力もないということはご理解いただけたかと思います」


「てめえ、馬鹿にしてんのか!」


 早いところ事実を告げて、出来る限り時間を短縮したかったというだけで、煽るつもりで言ったのでは全くなかったのだけれど、どうやら逆効果になってしまったらしい。

 顔を真っ赤に染めた彼は、再び、先端にナイフを括り付けて槍のようにした棒を、力に、そして怒りにでも任せたかのように突き出してきた。

 もちろん、こちらに届くことはなく、先程と同じように障壁にはじかれる。反動で棒は彼の手を離れ、音を立てて建物の天井部に転がった。幸い、怪我人は出なかった。


「ジーナ公女。怖がられずとも大丈夫ですよ」


 僕の魔力だって無限に、無尽蔵にあるわけではないけれど、この程度であればまだまだ全然余裕がある。

 しかし、心配は無用だったようで、ジーナ公女の空色の瞳には一点の曇りも見られなかった。


「ありがとうございます」


 先程交わした約束の通り、ジーナ公女の手を取ると、空色の髪を靡かせたジーナ公女は、微笑みながら僕の手を強く握り返してくれて、強い瞳で正面を向いた。


「ジーナ・カルレウムです。今、皆さんもご覧になられた通り、私自身は何の力もない、ただのジーナではありますが、皆さんの言葉を父や母に、そして評議会の方へと届けることくらいは出来ます。そして、父も、母も、もちろん私も、皆さんの言葉を無視するようなことは絶対にありません。常より、国民あっての国だと申しておりますし、教えられておりますから」


 口々に、嘘だとか、ふざけるなとか、そんなこと1度もなかったぞと声が上げられる。

 

「私が口を挟んでもよろしいですか?」


 彼らが十分に主張を――まとまりのないもので、主張というよりはただ声を上げていただけになっていたのだけれど――済ませたところで、一瞬の静寂を逃さずに口を開く。


「先程から皆さんは、ジーナ公女が、あるいは公家が、話を聞いてくれないとおっしゃっておられましたが、1度でも、はっきりと、自分たちの言葉で、直接伝えたことはあるのですか? ずっと自分たちの中だけで文句や不平、不満を燻らせているだけだったのではありませんか?」


 少なくとも僕はそんな話を噂程度にすら、耳に挟んだことさえなかった。

 僕が聞いたのは、各ギルド間での抗争の話で、そこに公家のことなどわずかたりとも含まれていたりはしなかった。


「それは……」


 彼らが言葉に詰まって言い淀む。

 実際、ジーナ公女が――あるいはヴィンヴェル大公陛下やミーリス様が――どのように考えていらっしゃるのだとしても、公家に直奏するなど、躊躇ってしまって中々実行できるものではないというのはよく分かる。

 しかし、話すことすらせずに、コミュニケーションを放棄して、自分たちの考えを分かって貰おうというのは、些か傲慢、とまでは言わないけれど、大分都合の良過ぎる話なのではないだろうか。


「何のための評議会だとお思いなのですか? 僕はあまりこの国の仕組みについて詳しくはないのですが、そういった意見をまとめるというのも、仕事になさっている機関なのではないのですか?」


 それを知らないとは言わせない。そう主張するのであれば、それは知ろうとしなかった側の怠慢だ。僕はそう思う。

 こうして暴力に訴える前に、やるべきこと、やれることは必ずあったはずだ。

 もちろん、僕はうちの諜報部の働きにより、何者かがそういった不満を上手いこと利用して、膨らませたのだということは知っている。

 しかし、それも、彼らがもっとよく自分で考えていたのであれば、乗せられることなく、回避できたはずだ。そうだと信じたい。


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