オーリック公国 26 騒動 4
「公家は我々民の暮らしを知らない! 役人たちの横暴ぶりを知らない!」
「俺たちの子供まで過酷な労働を強いられている、都市から離れた場所でのことを何も気にしちゃいないんだ!」
どうやら蜂起したのは公都内の人たちだけではない様子だ。
ちらほらと聞こえてくる彼らの要求は、至極真っ当なものであるかのように聞こえるけれど、それは騒動――あるいは暴力と言い換えても良いのかもしれないけれど――という手段を用いて主張するべき問題ではないはずだ。
少なくとも、接したのは短い時間ではあったものの、ヴィンヴェル大公陛下も、ミーリス様も、市井の人たちの要求をまるで無視して突っぱねるような、そんな人ではないだろうと確信している。
僕たちも、たしかにギルドの中に入って、仕事という名の調査をさせては貰ったけれど、そこでの待遇が特別ひどいとは思えなかった。もちろん、公都の近くだから、所詮は1つ、2つの、たまたま目にとまったギルドだったからという理由もあるのだろうけれど。
しかし、それでも、このオーリック公国では議会制という政治形態をとっているのだから、その場で主張するように考えて欲しかった。市井の人たちの要求、要望を聞くための機関として設立されているのではないのだろうか。
これが、僕たち――アルデンシアのことは詳しく分からないけれど――エルヴィラのような国のことならば、まだわからなくもない。
機関があるとはいえ、賢人会議と呼ばれる、各大臣、聖職者代表、有力諸侯、側近しか参加しない会議であって、国民の意思がそこで確実に反映されているとは言えないかもしれないからだ。そのために、ことあるごとに市井へと出かけて、様子を見たりしているわけだけれど。
それはともかく。
「……僕が考えてもしょうがないことだけれど」
未熟な僕が、ましてや他国の政治情勢にまで考えを及ばすことなど出来ようはずもない。何といっても、この年になってもまだ婚約者の1人も作ることが出来ていないのだから。もっとも、それは僕がシャイナ以外の女性とのことを考えるつもりがないというだけで、例えばエルマーナ皇女のように、求婚されたことがないというわけではないし、パーティーや式典に出席した際に声をかけていただいたことがないわけではないし、他国からの婚礼の申込書が届いていないという事でもないらしい。
それに、今はそんな余計なことを考えている場合ではなく、ジーナ公女のことを考えなくては。
僕たちが3方向に分かれたことで、大分相手側も人員を分散させてきてはいるようだけれど、それでも、僕たちの方の条件を考えると厳しい。
この騒動、誰かが煽っていることは確実なのだ。
ふとジーナ公女のことが気になったので、手近な建物の上に降り立つ。あまり長い間僕に抱かれたままだというのも居心地が良くないだろうし、落ち着かないらしく、緊張していらっしゃるのが伝わってきているからだ。
「あっ……」
「長々と失礼いたしました」
見晴らしの良い、高めの建物の上に降り立ち、ゆっくりと降ろして差し上げると、ジーナ公女は少しばかり残念そうな顔をなさって、慌ててお顔を赤くされて、お礼を告げられた。
「いえ……ありがとうございました」
屋根の縁に近づき、しゃがんで身を隠すようにしながら、眼下で繰り広げられている騒動の様子を見下ろす。
さて、指揮官は誰だろう。
黒幕が直接指揮を執ってくれているような事態になっていてくれれば大分楽だっただろうけれど、おそらくそうはなっていないだろう。唆されたというと聞こえは悪いけれど、現在陣頭で指揮を執っているのは別の人物だろう。
「指揮官というのは、自ら戦闘に立つものではないのですか?」
「いいえ、ジーナ公女。そのお考えは立派だと思いますし、僕も本来ならばそうするべきとは思いますが、今回の場合は違います。何故なら、冷静に考えて、今、反乱を起こすのが得策ではないというのは分かるはずだからです」
なぜならば、僕たちが滞在しているから。
今、公家の邸宅に乗り込んだ場合、下手をすればエルヴィラやアルデンシア、トルメニアともことを構える可能性があることに、気がつかないとは思えない。
少なくとも、この反乱を指揮しているような人物が、そのような情報を握っていないとは思えないし、それならば、今、このタイミングでなくてはならない理由があるはずだ。
そうすると、自然と黒幕の人物像も確証に近づく。
「おそらくは昨夜の件でしょうね。申し訳ありません。即座にこのような策に出るとは、そこまで考えが回っていませんでした」
シャイナと潜り込んだこと、そのこと自体は露見してはいないだろう。もしそうだとすれば、シャイナのところへ何かのアクションが起こっているはずだし、今のところ、そういった報告をヴィレンス公子からの念話でも受けてはいない。この事態において、報告しないということはないだろう。
しかし、相手方が不信感を抱いたことは事実のようだ。
少しばかり事を急ぎ過ぎたのかもしれない。
「いえ。いいえ。ユーグリッド様が謝られるようなことは一切ございません。お顔を上げてください」
しかし、向かうべき場所は定まった。
このまま身を隠し続けるというのも1つの策ではあるけれど、やはり、こちらから動かなくてはならない。
「ジーナ公女。これから――」
「見つけたぞ! 公女だ!」
そう思った矢先に、後方から声が掛けられた。




