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降誕祭 2

 予想通り、リーチェはお祭りに来たことは初めてらしく、僕のことを見ているようで、ちらちらと立ち並ぶ屋台に目を向けていた。

 

「欲しいものがあったら硬貨を渡して品物と交換するんだよ。硬貨の価値は大陸ではどこの国で発行されているものでも1対1だから、問題なく使用できるはずだよ」


 金貨から小銅貨まで、大陸で出回っている硬貨は5種類あり、国ごとによって若干意匠が異なりはするものの、今のところは等価で交換ができる。

 だから、エルヴィラの硬貨でも、アルデンシアの硬貨でも、問題なく使えるということを示したつもりだったのだけれど。


「そのくらい知っています」


 真面目に聞いている風の顔を向けてくれていたリーチェは、それぞれのお店の商品をじっと見つめるだけで、特に買おうという素振りは見せなかった。


「これ。美味しいわよ」


 シェリスが差し出した冷たいレモン水を、リーチェはじっと見つめていた。


「失礼ね。何も入れていないわよ」


「そのような事、疑ってはおりません」

 

 リーチェが疑っていると思ったらしいシェリスが冗談めかしてそう言うと、リーチェは静かに異を示し、口を付けると、驚いたような表情を浮かべた。


「美味しいです‥‥‥」


 どうやら嬉しかったらしく、シェリスは得意顔を浮かべていて「こっちも美味しいのよ」と、さらに片方の捻り菓子を差し出していた。


「驚き‥‥‥いえ、誤解していました」


 リーチェがシェリスの顔をまじまじと見つめる。


「あなたはもっと自分本位な方で、私の事は嫌いなものだとばかり思っておりましたから」


「何言っているのよ。今日初めて会った女の子を嫌いに何てなるはずないじゃない」


 シェリスが「おかしな子ね」と、手を差し出す。


「そ、そうでしたね。初対面ですから、当然ですね」


 少し慌てたような、焦った顔を浮かべるリーチェを見て、僕は笑ってしまいそうになるのをぐっとこらえた。

 その後もシェリスはリーチェの手を引いて、一緒に道端でやっている手品や大道芸を見物したり、魚掬いや輪投げなんかを一緒にしたりしていた。


「こうやって、この輪っかを品物に向かって投げるのよ」


 シェリスが見本を見せるつもりで投げた輪は、毛糸で編んだもこもこのクマのぬいぐるみに見事はまり、屋台の主人と見物客を大いに沸かせた。


「大丈夫そう? シャ、リーチェ」


「話しかけないでください。今、力加減と、風向きと、距離と角度を計算しているので」


 その差は微々たるもので、おそらくは投擲にほとんど関係ないと思ったけれど、リーチェにとっては重要であるらしく、こちらを見もせずに真剣な表情で言い切られた。

 リーチェの視線を辿ってゆくと、どうやら彼女が狙っているらしいものには見当がつけられた。

 1投目。

 初めてらしいので仕方がないかもしれないけれど、輪は何にも引っかかることはなく、薄紫の花の飾りがつけられた腕輪の少し手前に落ちた。

 リーチェは、重さを確かめるように、輪っかと、それから品物を交互にじっと見つめながら、2投目に入る。

 投げ慣れないらしい輪っかは、今度はわずかに行き過ぎてしまい、またしても商品を手にすることは叶わなかった。しかし、その誤差は先程よりも小さくなっている。

 そして3投目。

 綺麗な回転で宙を舞った輪は、見事にはまり、リーチェは手にした腕輪を見て、ほっこりしたような笑顔を浮かべた。


「店主。僕にもいただけますか?」


「ええ、どうぞ」


 僕も輪っかを受け取り、同じ位置から、1投目を投げる。

 輪っかは真っ直ぐに、狙い通りに飛んで行って、一番上の段に飾ってある、金色の台座に紅い石が埋め込まれている冠に見事にはまってくれた。


「お見事」


 カランカランと鈴が鳴り、出来ていた見物客の方達の輪から拍手が起こった。

 僕は店主から商品を受け取ると、リーチェの方へ振り返る。


「あの、これは」


 リーチェの白い帽子の上からそっと冠をかぶせると、戸惑ったような声が帰って来た。


「今日お祭りは初めてなんだろう? 君と出会えた記念にね」


 本当はプレゼントは別に用意するつもりだったのだけれど。それからお誕生日も、とは告げずに、それだけ告げると、リーチェの頬はわずかに朱が差し、見物していた方達からは、さらに口笛や祝福するような声が掛けられた。


「あ、ありがとうございます」


「良かったわね、リーチェ」


 リーチェが赤いままの顔でそう答え、シェリスも優しい笑顔を浮かべる。

 一緒にお祭りを見て回り、シェリスとリーチェが打ち解けてきて、少し笑うような声もあげながら会話をするようになったところで、人を探しているような声が聞こえてきた。


「姫様ー」


 この人混みの中から特定の人物を探すというのは、探索の魔法等を使わなければ、かなり難しい、いや、ほとんど不可能ではないかと思えるのだけれど。


「私の他にも誰か来ているのかしら?」


 聞こえてきた声の持ち主は、エルヴィラのお城にいらっしゃる方のものではない。

 シェリスの隣で、リーチェがびくっと肩を揺らす。


「お迎えが来たみたいだね」


「そのようです‥‥‥ね」


 リーチェが驚いているような声で、僕の事を見上げる。


「彼女たちの声はエルヴィラのお城にいらっしゃる方達のものではないから、アルデンシアから来た方達のものだろう? まさか、僕に1人で来るなんてと、毎度告げる君が、1人で来るとは思わないからね。シャイナ」


 シャイナ姫は宝石のような紫の瞳を数度瞬かせながら、僕の事を見上げる。


「気付いていらしたのですか? シェリス姫は気付いていらっしゃらないご様子でしたけれど」


 僕に言わせて貰えれば、それで変装しているつもりなのかというような格好だったけれど、あまりストレートに告げると落ち込ませてしまうかもしれない。


「もちろん。君のことなら、どこに居ようと、どんな風に姿が変わっていようとも、すぐに見つけ出せるよ」


「ストーカーですね」


 あれ? 良い話風に纏めたと思ったのだけれど。

 けれど、僕に背を向ける直前のシャイナ姫の口元は微笑んでいたように見えたから、きっと、そんなに悪くは思われていないのではないかとも思う。

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