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オーリック公国 22 デートじゃないよ、調査だよ 5

 今夜のうちに片を付けてしまおうと思っていたのだけれど、残念ながらそれは叶わなかった。

 シャイナがついてきたことや、眠ってしまったこと、そして僕がその寝顔に見とれてしまっていたこととは関係がなく、単に時間が足りなかった。

 しかし、全く収穫が無かったかと言われれば、そんなこともなく、このことによって、彼らの目的と手段、少なくともその一端は暴くことが出来た。

 詳しくは本人に確かめるべきだろうけれど、要するに密造していると思われるあれらの大量の偽硬貨を使って何か良からぬことを企んでいるのだろう。

 おそらく、あの地下の空間の奥には偽硬貨を造っている工場的な施設があるものと推測できるけれど、今夜のことで、見張りもより厳しくなる可能性があり、明日もまた忍び込むというのは危険すぎるだろう。

 しかし、僕は行かなくてはならない。

 肩越しにちらりと振り返ると、可愛らしい寝顔をしたシャイナが寝息の1つも立てずにスヤスヤと眠っている。

 もし、明日――もしかしたらすでに今日かもしれない――に行かないとすると、シャイナが気にする。

 今夜中に調べがつかなかったことで、また忍び込む必要が出来てしまったのだと、必要のないことで気にさせてしまうかもしれない。元々、今夜忍び込もうとしていたのは僕で、シャイナは心配してついてきてくれただけだったというのに。


「ユーグリッド様」


 ヴィンヴェル大公のお屋敷まで戻って来て、追っ手がいないことを確認して一息ついた僕の背後から静かに声が掛けられた。

 驚き過ぎて危うく1番大切なものを落としてしまうところだったけれど、何とかそうなる前に落ち着くことが出来た。

 

「ご無事で何よりでございます。よくぞお戻りになられました」


 これがフェイさんだったり、母様だったりした場合、その後に続く言葉で、強烈な嫌味か、皮肉か、お小言を貰っていたのだろうけれど、とりあえず、その2人は今はエルヴィラのお城にいるはずで、ここで声を掛けられるはずはない。

 声をかけてこられたのは諜報部の方たちだった。


「皆さんの役目を奪ってしまったようで、申し訳ありません。信頼していないというわけでは全くないのですが、やはり自分の目で直接確かめたくなってしまいまして」


 彼らは顔色ひとつ変えずに、


「いえ、我々もすでにあそこへ人員を潜り込ませておりますので、問題はございません。ですが、出来ることならば一言お声をかけてくださればよろしかったのですが」


 すでに潜り込んでいただって?

 全然気がつかなかった。

 

「シェリスたちの方は?」


「姫様方はお休みになっておられます。殿下の行動に気付かれたご様子はございません」


 それは良かった。

 シャイナが気がついていたくらいだからシェリスたちも本当は起きているのではないかと疑っていたのだけれど。


「すでに潜り込んでいるという話だったけれど、じゃあこれもすでに知っていると思って良いんだよね」


 僕は収納していた例の偽硬貨を吐き出すと――収納していた偽硬貨を数枚、収納しているところから落としただけで、実際に吐き戻したわけではない――彼らの手の内に落とした。


「はっ。ご報告申し遅れました事、誠に申し訳ありません。ご報告するのは片付けてからに、と思っておりましたが、それがかえって裏目に出てしまい、謝罪のしようもございません」


 彼らの想定以上に僕たちが早く動き過ぎたという事かな。

 報告、連絡、相談は基本だとはいえ、途中経過を貰ったところで、今回の件に関しては、そのまま調査を続けてください、くらいにしか言えることもなかったため、彼らが、この程度の情報で、と報告を躊躇ったことも納得は出来る。


「回収作業の方は?」


 知っていたという彼らのことだ。

 すでに市場に流れてしまっている分の回収も並行して進めていたに違いない。

 これに関しては、時間と人手こそがものをいうため、僕たちよりも圧倒的に効率よくこなしてくれたことだろう。

 彼らは懐からオーリック公国の地図を取り出した。


「いまだ国境を超えてはおりませんので、我が国への持ち込みもございません」


「しかし公国内となりますと、すでに広範囲にわたり流出されていて、国境警備の者にも通告は済ませておりますが、そちらまで届くのも時間の問題かと」


 通達してあるのならば、国外へと流出することはないだろう。少なくともオーリック公国内だけにとどめられる。それならばまだ回収は可能かもしれない。


「――部隊の方のうち、あ、いえ、やはり、僕が直接尋ねます」


 夜中だから遠慮しようとも思ったけれど、時間こそが重要だし、繋がらなければ明けてから再試行すれば良いだけだ。


『母様』


『――どうしたのかしら』


 幸い――この場合そういってしまってもよいのか疑問ではあったけれど――母様はすぐに反応してくれた。


『お休みのところ申し訳ありません。実は、現在僕たちが訪れているオーリック公国の件に関しまして、お許しいただきたいことがございまして』


 偽硬貨とその回収作業に関してを簡潔に説明する。

 

『分かったわ。国王様には私から上手く話しておくからそちらの心配はいりませんよ』


『ありがとうございます、母様』


『ユーグリッド。貴方の――いえ、私が言うまでもないことね。シェリスと、シャイナ姫、クリストフ王子と無事に戻って来るのよ』


 ヴィレンス公子のことをおっしゃらなかったのは、国の方向が違うため、一緒には帰らないからだろう。同じ理由から、ジーナ公女のこともおっしゃらなかったし。


『はい。では父様――国王様の方はよろしくお願いします』


 母様からはもっと話をしていたいというような雰囲気が感じられたけれど、夜中にあまり起きていていただくわけにもいかない。


「母様――王妃様の確認は取れました。国王様にも承諾を取っていただけるという事で、とりあえず、出来る限り内密に、気付かれてしまった場合には広がらないように念を押しながら回収、交換をお願いします」


 一時、僕の今持っている分の硬貨を渡す。

 どれくらい流出しているのかは分からないけれど、おそらく必要になるだろう。

 しかし。


「殿下の私財を出される必要はございません。今回の件が発覚して以降、我々は冒険者のギルドに潜り――いえ、冒険者として活動し、資金を溜めておりますので」


 このことも人手のなせる業だろうか。

 教えて貰った金額はかなりのものになっていた。


「今後も、必要とあれば我らが稼ぎますゆえ、殿下には最後の仕上げだけをお願いいたします」


「勿論、これらの硬貨の確実性は確かめております」


 偽金を回収して、偽金を置いてきたのでは意味がない。


「我らの活動が――」


「その心配はしていません。よろしくお願いします。僕たちは僕たちの仕事をしますので」


 彼らは静かに頭を下げて、夜の闇の中へと身を躍らせて消えていった。


「さて。シャイナ、少し失礼するよ」


 静かな寝息は乱れずに聞こえてきていたので、おそらくは問題ないだろうと思うけれど。


「良かった。ちゃんと眠れているみたいだね」


 寝たふりではなく、しっかりと眠りに就けていることを確認して、抱き方をお姫様抱っこに変えると、女性の寝室に入るのは躊躇われたけれど、シャイナがいなくては怪しまれる。

 広いベッドで丁度空いている、おそらくはシャイナが使用していたのだろうスペースに静かに降ろす。シェリスも、ジーナ公女も、寝相が良くて助かった。


「さて、僕も眠っておかないと。隈が出来ていたり、目が充血していたりしたら、気付かれてしまうからね」


 僕は女性陣の部屋を後にした。

 


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